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草木が放つほのかな香りが漂いそこを清々しい風が通り抜ける。
葉と葉の間からこぼれ落ちる光が暗い森の中を照らす。
そこを歩く老人と少年。
彼らは何か覚悟を決めたかのようなきりっとした顔をしている。
「村から出たのぅ。 村から一歩でも外に出ればもう命は必ずしも安全ではないと思へ。」
「はい。」
そこに獣が近づいてきた。
赤い血でやや汚れている茶色い体毛を持つ体長2mほどの獣だ。
「あれはフィアスベアじゃ。 奴の爪は鉄板をも切り裂く。 死ぬなよ。」
そう老人が言うやいなや、フィアスベアは腕を少年の方ヘ振り下ろしてきた。
その俊敏さとフィアスベアが放つ殺気により、少年はただ立ち尽くすことしかできなかった。
その時、老人がフィアスベアの腕を捕らえた。
そして流れるような動作で右拳をフィアスベアの腹部に打ち込んだ。
フィアスベアは一瞬よろめき、逃げていった。
「今のは弱い奴じゃ。 この森にはもっと強い奴がいるからの。 そいつらを自分で倒せるようにならなければ立派な戦士としては認められんのう。」
「分かりました。」
そして老人と少年は森の中を歩いて行った。
一時間が過ぎたであろうか。
地面に差し込む光が少なくなり、大分暗くなってきた。
老人と少年を狙う影が一人、いや一匹いた。
彼らが休憩のため立ち止まったときそれは襲いかかってきた。
それは少年の視界に入った。
「う、あわわわ。」
声にならない音を発した少年が目にしたもの、それは体長3mほどのフィアスベアであった。
少年は先ほどのフィアスベアがなぜ弱い方だといわれたのか理解した。
まるで違っていた。
体型、殺気。
そのどれをとっても先ほどのフィアスベアが赤子のように思えるほどであった。
「マコトよ。 さぁ、行ってきなさい。」
(無理無理無理。 絶対無理だよ。 ここでゲームオーバーかよ。 いや、でも、クリアするんだ。)
「ここでやられてたまるか!」
そう言いながら少年はポテンシャルで己の身体を強化した。
「まずは一発!」
少年は右拳を腹部に打ち込んだ。
しかしフィアスベアはびくともしなかった。
そしてフィアスベアも反撃してきた。
鋭い爪でひっかいてくる。
少年はすんでの所でそれを交わした。
「マコトよ。 多連拳を使うんじゃ。」
「はい!」
少年は一度立ち止まり構えた。
「ふぅっ・・・」
少年は集中した。
そして放った。
「多連拳!」
フィアベアの腹部に雨のような打撃が繰り出される。
それらを受けたフィアスベアはよろめきながら逃げていった。
「よっしゃ!」
「フォッフォッフォ、よくやったのぅ。 まぁあれも弱い奴じゃがのぅ。」
「もっと強いのがいるんですか・・・」
「あぁ、もちろん。 この森を抜けるまでは常に修行じゃ。 さぁ、進むぞ。」
「はい。」
夜はもちろん野宿だ。
木に生えた果実を食べ、葉で布団を作り、天を覆う葉を眺めながら寝た。
たまに見つける川で水や魚を得る。
フィアスベア以外の獣もいた。
鋭いキバをむき出しにしながら突っ込んでくるデスポーク。
くちばしでおそってくるノアバード。
糸を連射してくる体長1mのビッグタラン。
10mのフィアスベアにも遭遇した。
それらをすべて少年は倒した。
そして彼らの森の生活も終わろうとしつつあった。
「フォッフォッフォ、お主ここ最近ですごくたくましくなったのぅ。」
「ありがとうございます。」
体長4mの巨大蛇を殴りながら少年はそう言った。
「あっ、ブルードさん。 後ろ虎がいますよ。」
そう言うやいなや、少年は老人の方へ跳び、後ろにいた虎を蹴った。
虎は逃げていった。
「今のはグルルダイガーじゃな。 この森でも屈指の強さじゃ。 それを一発で逃げさせるとは・・・」
老人は歩みの向きを変えた。
「よし決めた。 今からこの森の王者に会いに行くぞ。」
「え、でも、出口はこっちじゃ・・・」
「これも修行じゃ。 とにかくいくぞ。」
「はい。」
老人と少年は森の最深部に来た。
地面には全然光が届かず、一寸先は闇といったところだ。
「この辺にいるな。 森の王者ゴリラゴリラだ。」
(ゴリラゴリラってそのまんまじゃねぇか・・・ ネーミングセンス・・・)
「奴をなめてはいけない。 この森で最も強い。 気をつけろよ。」
「はい。」
そのとき、暗闇の奥から少し輝くものが見えた。
「今の見えたか。 奴の頭部は光る。 ついに来たか・・・」
ウォォォォォォォォォォ
低く重く響く鳴き声が聞こえた。
ドンドンドンドンドン
胸を叩く音がする。
「低い鳴き声に胸を叩く動作、奴は今怒り気味だ。 なんて話している間に・・・」
老人の声が消えた。
「ブルードさん。 どこへ行きましたか?」
老人の返事はない。
いや、拳が帰ってきた。
ゴリラゴリラの。
少年はしゃがんでかわした。
身体を強化させ、ゴリラゴリラの腕を殴った。
ゴリラゴリラの腕は重かった。
殴ったことによる衝撃が跳ね返ってきて少年の体を走る。
そのせいでやや反応が遅れた。
次に来た攻撃をとっさにかわしはしたが、拳は髪の毛を掠めていった。
間近で見た敵の攻撃。
それは少年に死への恐怖と絶望を与えた。
ゴリラゴリラが右腕でまた殴りかかってきた。
少年が我にかえったときにはもうすぐそこまで腕が来ていた。
(この攻撃は避けられねぇな。 唯一助かる方法は・・・敵より早く攻撃すること!)
少年は右腕にポテンシャルエネルギーを込めた。
早く速く早く速く! ただはやく!
少年はその時新幹線をイメージした。
超スピードで駆け抜ける新幹線のように拳を放てば倒せるかもしれない。
新幹線のように。 新幹線のように。
腕の筋肉や背筋に力を込める。
(こういうのって技名決めるんだったよな・・・ 即席で即座に放つ攻撃・・・ えっとえっと・・・)
「即拳!」
少年の右拳が新幹線のように素早く放たれた。
その拳はゴリラゴリラの顔にぬめり込んだ。
力がないとはいえ超高速で放たれた攻撃だ。
森の王者であるとしても耐えられるであろうか。
ゴリラゴリラは右腕を少年に当てることなく倒れた。
「やった・・・」
「やったぞ! マコトよ!」
少年は状況がよくわからなかった。
死ぬことへの恐怖が新しい技を作り出した。
そのことぐらいしかわからなかった。
でも強くなったということはわかった。
「新技を考えたようじゃのう。 じゃあ今から滝行くか。」
「滝?」
「あぁ、滝で打たれてさっきの技のイメージを定着させるぞ。」
と言うことで老人と少年は滝に来た。
高いところから急降下する水は大きな音をたてている。
「滝に打たれながらさっきの技のイメージをするんじゃ。 そうすればあの技をいつでも使えるようになるぞ。」
「そんなことしなくてもできるんじゃないですか? 即拳!」
ただのパンチが繰り出された。
「イメージが足りないのじゃ。 さっきみたいな状況だったからこそできたんじゃ。 定着には修行あるのみ。」
「はい・・・」
ドドドドドドド
少年は全身に打ちつける冷たく重い水を感じながら先程の技をイメージした。
新幹線のように。 新幹線のように。
冷たい、重い、痛い、苦しい、しんどい等の感情はもう感じない。
ただ技をイメージするだけ。
そこに何もない。
少年はそう悟った。
いける。
それだけだ。
「おーい。 一旦休んでいいぞー。」
そう言われて少年は滝を出た。
「イメージはどうじゃ。」
「できました。」
「じゃあ、技をやってみ。」
「はい!」
少年はイメージした。
そして拳に力を込めた。
「即拳!」
一瞬ではあるが時が止まった。
少年はが拳を前につき出した。
その後拳の風切り音がした。
少年の拳は音を置き去りにした。
「大丈夫じゃな。 よし森を出るぞ。」
「はい。」
老人と少年は森を出た。
少年はやや名残惜しそうに森を見た。
「お主はこの森で強くなった。 次は王都で修行をするぞ。」
「まだ修行があるんですか?」
「あぁ、わしの知り合いにその道に詳しい奴がいる。」
「一体何を?」
「それは王都でのお楽しみじゃな。」
「わかりました・・・」
「この野原を抜けたら王都じゃ。 走っていくか?」
「でももう夜ですよ。」
「じゃあ野原で野宿じゃな。」
「はい。」
老人と少年は野原で野宿をすることにした。
満天の星空を見ながら少年は思った。
この世界も悪くねぇな。