第9話:発現
「死ね!デクヤロオオォウ!!!」
狼斗の銃口が和神の頭に向けられ、引き金が引かれる。
バン!!
その時、和神の身体から妖力が噴き出し、狼斗の放った妖力の弾丸はこれに掻き消された。
「ハ!?」
狼斗はもちろん、和神自身も驚いた。何故純人間である自分の身体から妖力が?しかし、和神に驚いている余裕はない。瀕死の人間が人狼の虚を衝くにはここしかない。動けばより出血し、死に至るかも知れない。だが何もしなくては確実に殺される。やるしかない。
「あああ!!」
和神は力を振り絞り、狼斗に突進する。体が羽のように軽く、入れた筋力が100%活かされているような、それ以上の“加速”をするような感覚。これが妖力の効果なのか,と実感しながら和神は狼斗の懐に飛び込んだ。
「ぬおっ!?クソ人間がッ・・・!!」
和神の妖力が右腕に集まる。和神の拳は狼斗が対処するよりも早く、狼斗の腹を打った。後にこれが“妖拳”という技であると知る。
「ガフッ!!」
妖力が篭った和神の一撃は、狼斗に確かなダメージを与えた。しかし、所詮は瀕死の人間による攻撃、人狼を仕留める程ではなかった。
「こんの・・・クソデク野郎があぁ!!」
怒りを爆発させる狼斗は、和神の顔面を拳銃で何度も殴打し、腹を蹴り上げ、顔面を蹴って倒す。仰向けに倒れた和神の上に狼斗は立ち、拳を構える。
「本当の妖力の力ってのを味わえやあァ!!」
狼斗の妖力を纏った拳が和神の腹部を打つ。
「ウッ!!」
軽い。想像以上に。妖の力が聞いて呆れるという程に。和神の纏う妖力のおかげか、ダメージが殆どない。初めて狗美が目を覚ました時の一発の方が強かった気がした。
(もしかして、コイツは妖の中でも弱い方で、だから拳銃なんか使ってるんじゃ?)
和神がそんなことを考えている間に、もう一度狼斗が拳を構え、振り下ろそうとしたその時。背後に禍々しい妖気が現れ、狼斗は凍りついた。さっきまで部下を殲滅していた妖の気配そのものだったからである。神社の前に立っている人狼はもういなくなっていた。
「狗美・・・さん・・・。」
「なん・・・で・・・?お前が、ここに・・・。」
狼斗が振り向くと同時に前足で体は切り裂かれ、肩を銜えられて振り回され、宙に放られた所を尻尾で森の奥へと吹き飛ばされた。
狼斗を片付けた犬神・狗美はゆっくりと和神に近付く。血塗れで瀕死の和神には、既に起き上がる余力もない・・・はずだったが、突如目覚めた妖力のおかげか、狼斗に撃たれた痕も徐々に治ってきており、何とかフラフラと立ち上がることも出来た。
「狗美さん・・・。」
話しかける和神への狗美の回答は、肉を切り裂くことだった。右前足の爪で胸部を切り裂かれ、更に左前足で地面に叩き伏せられ、そのまま背中を切り裂かれる。
「ぐっ・・・!!」
あまりの激痛に叫びも上げられない和神。せっかく治ってきていた弾痕に裂傷が上塗りされ、大量の出血で意識が遠退いていく。
狼斗の攻撃とは全くの別物。妖力によるダメージの軽減など意味を成さず、ダイレクトに通ってくる斬撃。昨夜に動きを封じられたのが不思議なほどの犬神の膂力を、遠退く意識の中で自分の背中に乗る犬神の前足から痛感する。
不意に犬神・狗美が前足を退かす。朦朧とする意識の中で必死に眼を凝らすと不鮮明な和神の視界に映ったのは、何かに耐えようとする犬神の姿だった。
(もしかして、狗美さんの意識が犬神を抑えようとしてるのか?)
血の気が引いて回らない頭で必死に考えた和神は、全身に力を込めて起き上がる。力を込めると、傷口から血が噴き出す。そんな重体の体を懸命に動かし、狗美に近付く。それに気付き、和神の左腕に喰らいつく狗美の頭を押さえつけ、昨夜のように沈静化を図る。すると、本当に噛む力が弱まって行き、徐々にその姿も人型に変わって行く。9割方人間の姿になった所で狗美の意識はなく、眠っているよう。また、その衣服はホットパンツとコートは何とか体裁を保っているが、中に着ていた黒いノースリーブは破れてギリギリな感じになっている。
だが、今の和神にそれを感謝している余裕はなかった。これもまた昨夜と同様に和神は気絶するように後ろに倒れた。和神に寄りかかっていた狗美も一緒に倒れ、その衝撃で狗美は意識を取り戻した。
「ん・・・和・・・神?・・・!!」
目を覚ました狗美はすぐにその状況を理解した。
「和神!!こんな血塗れに・・・私がやったのか!?犬神の数珠は・・・!?」
「狼斗に襲われて・・・。」
飛び散った数珠の方を指す和神。
「この傷も、元は狼斗にやられたものですし、狗美さんが来なければ多分撃ち殺されてましたから。」
「でも・・・こんな・・・。それにお前、微弱だがこの妖力は・・・?」
和神の凄惨な状態と僅かに纏う妖力に戸惑いながら、とにかく傷口を押さえる狗美。実際、狼斗にやられた傷よりも狗美のつけた文字通りの爪痕の方が重傷であった。体の表面にある弾痕を抑えていた狗美は、和神の背中から血が染み出しているのに気付き、上体を起こして背中の爪痕を自分の体で塞ぐように抱き抱え、表面の弾痕を手で塞ぐ。
「死ぬな!和神」
2人の体を和神の血が真っ赤に染めていく。和神の纏っていた妖力は既に消えている。回復の手立てがない。
狗美は、自身が治癒の妖術を学んでいなかったことを深く後悔した。妖力が人狼の10倍あっても、それを活かす知識と技術がなければ何の意味もないのである。
一方で意識が遠退き、死を間近に感じる和神。嗚呼、死ぬとはこんな感じなのかと朧気に思いつつ、今まで彼女ができなかったのは、今、こんな美人に抱かれて死ねるからだったのか,と自身の運命を幸せな方向に考えていた。そして、それなら悪くないとも思った。狗美に出逢い、2日くらい共に暮らし、救うこともできた。悔いはない。
和神はゆっくりと眼を閉じた。
「和神!?和神!!」