第81話:嵐の前の静けさ―Yoko&Kagemi―
和神とミネルヴァが霞が関へ行く少し前のこと。
とこしえ荘・陽子と陰美の部屋
「修行?」
ベッドでゴロゴロする陽子が疑問の声を出す。
「はい。」
ゴロゴロする姉を少し離れた所から見下ろしながら陰美は話す。
「先のサンクティタス王国での戦い、その前のお姉様たちの反乱を受けて私は己の力の無さを感じました。」
「そう?充分だと思うけど・・・。」
「いえ!サンクティタス王国での戦いの際、私は1人では戦っておりません。そして1人で戦ったお姉様との戦いでは敗れています!私は1人で戦える力が欲しいのです!」
「いや、ほら、わたしって割と強い方だと思うし・・・。」
「姉様!」
妹の鋭い言葉にしゅんとする陽子。そんな姉に詰め寄る妹。
「お姉様だって今度の戦いはどうなるか分からないのですよ!?メリディエス帝国がどれほどの戦力を蓄えているのか、サンクティタス王国も魔界の各国も詳細な情報は何も掴んでいないのですから!あと1週間ほどしかなくとも、付け焼刃のような戦力強化でもしないよりマシのはずです!」
「わかったから、怒らないでよ・・・。なんか陰美、流乃さんみたい・・・。」
「なっ・・・!?お姉様が言わせているのですよ!?まったく、妹にこんなこと言わせないで下さい。」
「でも、修行するって、なにかアテでもあるの?」
「“転生の洞窟”です。」
「あの、よく陰陽隊が修行してるところ?」
「ええ。あそこは高濃度の妖気や異形の妖など修行にはうってつけの場所ですからね。奥まで行くと強力な妖もいるようですが、入り口付近の泉くらいまでならば程よい修行ができると思います。それに高濃度な妖気を蓄えれば、少しは妖力の底上げにはなるかと。」
「そうね・・・。他のみんなも誘うの?」
「サキュバスNo.777は誘いません。あと、ミネルヴァさんやシルフ様は妖力とは無関係ですから・・・誘うとすれば和神と狗美・・・ですか。」
「・・・。和神さんは・・・今度の戦いに参加するのかな?」
「え?それは、和神の住む世界の戦いですし、当然参戦するかと。」
「うーん・・・和神さん自身もそう思ってると思うけど・・・。」
「・・・?まあとにかく、まずは狗美に声をかけましょう。」
狗美の部屋
「というわけで京で短期の修行をしようと思うのだが、貴女も来ないか?」
「・・・・・。」
唐突な誘いに狗美はしばしの沈黙を見せたが、すぐに行く,と答えた。次に和神の部屋に行こうとする陰美であったが、これを狗美が引き留めた。
「待て、陰美。和神は、いい。連れて行かなくて。」
「?和神こそ妖力を溜められるいい機会だと思うが?」
「いいんだ・・・。あいつは。」
狗美はいつになく神妙な面持ちをしていた。陰美は納得していない様子であったが、陽子は狗美が言わんとしていることを理解できた。陽子も同じことを思っていたからである。
「陰美、和神さんには黙って行こう?」
陽子はそう提案した。陰美は反論しようとしていたが、言葉を呑み込んだ。提案した時の姉の貌が、あの日護国院を出て行った時の表情と酷似していたからである。3人は、和神には何も告げずに京へ向かうことを決めた。
妖界・京都・護国院
貴族院から諸々の報告は届いているのは承知していたが、一応護国院長に直接報告をした3人。護国院からも何らか勲章を授与したいそうだが、メリディエスの件が解決されるまでは保留ということになった。
この日はすでに日も暮れていたため、“転生の洞窟”へは翌日行くことになった。
護国院・陽子の部屋
「おかえりなさいませ、陽子様。」
「うん、ただいま珠。」
久しぶりに顔を合わせた陽子とお目付け役で幼馴染みの珠。思えば、陽子の“反乱(?)”から2人はまともに話していなかった。珠は陽子の食事を用意しながら話す。
「」
「そう、よかった。」
「そういえば、聞きましたよ。あの計画書のことと、あの日脱走なさる事、どちらも現京都守護妖・霊漸様はご存じだったなんて。霊漸様の後押しもあって、陽子様が提案なされた“新・京都守護計画”は採用されるようですよ。」
「週に1回くらいずつ夜中に抜け出してよく話をしに行ってたからね。」
珠はご飯をよそう手を止めた。
「陽子様・・・どうしてです?」
「ん?」
「どうして、私には話して下さらなかったのですか・・・。私は、陽子様のためならば死も厭わぬ覚悟でしたのに!どうして連れて行って下さらなかったのですか!?」
そう訴えかける珠の眼には涙が滲んでいる。そんな珠の頬にそっと触れる陽子。
「だから・・・かな。」
「えぇ?」
上擦った声で訊き返す珠。
「あなたはわたしのためならなんでもしてしまうでしょう?護国院を飛び出したときはこんな反抗しても上手くいくわけないって、わたし自身そう思っていたから・・・。あなたを巻き込んでしまって、あなたの人生まで狂わせるわけには行かなかった。だからあなたにも黙って出て行ったのよ。」
「ですが・・・!」
反論しようとする珠の口を指で押さえる陽子。
「あなたは大切な友達だから。」
珠の眼に滲んでいた涙が零れ、桃色に上気した頬を流れていく。
「だから・・・敬語も“様”もやめてって言ってるでしょ?珠。」
冗談めかして怒る陽子。つられて珠もいつも通りの返しをする。
「だめです。私は陽子様にお仕えする身なのですから・・・!」
その日は夜遅くまで、陽子の部屋の灯りは消えなかった。




