第8話:月下の惨状
和神は、月明かりも届かぬ真っ暗な洞窟の中を壁伝いに進んでいた。風が吹き抜ける音が何か獣のような怪物のようなものの唸りに聴こえる。
【立ち止まれば喰われる。】
本当に何かが巣食っているのかは判らないが本能的にそう感じる、そんな闇の道。ましてや妖界で人間が1人。和神はとっくに死を覚悟して歩を進めていた。
「やめろ!やめ・・・ああああ!!」
人狼たちはほぼ壊滅状態だった。
「おいおい!お前ら何やってんだ!たかだか貧乏妖1人相手に!」
「コイツ、強過ぎます!!」
「何で前にあった時戦わずに逃げたんだ・・・!?」
そう、狗美の犬神状態の力は並の人狼など足元にも及ばぬ程のものであった。彼女自身、犬神状態が人間状態の時より遥かに強力であること、並の人狼の10倍の妖力があることは解っていた。しかし、実際犬神状態での戦闘経験がなかったため、その戦闘力は未知数であった。故に、王狼院との戦力差がこんなにもあるとは狗美も王狼院も予想外であったのである。
だが、よく考えてみれば解かることであった。レベル10のキャラクターが10体パーティーにいるからといって、レベル100のエネミーに勝てるわけではない。妖にとって妖力10倍の差とはそういう事なのである。即ち、並の人狼が数十人いても敵ではないのである。
「おまたせ致しました!」
「おお!やっと来たか!」
狗美の家に張り込んでいた人狼たち十数名が援軍に来た。
「よくも同胞を!」
最初に狗美に飛びかかった人狼は、無力にも腕を噛まれ、振り回され、腕は肩から引っこ抜け、体は宙を舞って賽銭箱に突っ込んだ。
完全に猛獣と化した狗美は再び十数人の人狼に囲まれた。
微かな光が和神を導いた。その祠だけが吹き抜けから射し込む月明かりに幻想的に照らし出されている。無事に辿り着けた祠に一応二礼二拍手をしてからその観音開きの扉を開く。中には狗美の調べ通り、大きめの深紅の数珠が入っていた。
「失礼します。」
そう呟き、祠から数珠を取り出す。特に何かトラップ的なものが発動する気配はない。急ぎ、来た道を戻る。
腕が飛ぶ、脚が飛ぶ、血飛沫が境内を穢し、紅に染めていく。神狼の神社はまさしく惨状と化し、地獄の様相を呈していた。残る人狼は数人になっており、その内1人は狗美に銜えられている。その人狼を不味そうにブッと吐き捨てると、残りの人狼の殲滅にかかる。
人狼たちは痛感していた。自分たちの無力さと仕えた妖を間違えたことを。プライドばかり高く、横柄で部下の名前の1つも覚えていない小男に仕えたことを。かといって、暴走する強大な妖を前に反旗を翻すことも出来ず。彼らはただただ散っていった。
「何やってやがんだ!使えねェ奴らだな!!」
「狼斗様、もうダメです。ここは我らに任せてお逃げ下さい!」
罵る狼斗の隣にいる側近の人狼は、狼斗に逃げるよう指示を出す。狼斗はチッと舌打ちをして指示通り神社を跡にした。
この側近が狼斗を逃がしたのは彼を救うためという名目の下、瀕死の部下たちを逃がすためであった。主である狼斗がいては、部下は死ぬまで戦わねばならないからである。
「もういい!退け!散り散りに逃げろ!こいつは俺が止め・・・!」
側近は額から妖力と血を流して膝から崩れ落ちた。
「バカが!なァにが退けだよフヌケが!」
犬神を諦め切れずに戻ってきた狼斗だった。側近を後頭部から銃で撃ち抜いたのである。妖といえど、頭・脳を損傷すれば一溜まりもないのである。
「戦えテメェらァ!!逃げたら撃ち殺すぜ!?」
犬神に殺されるか、狼斗に殺されるか。人狼たちは絶望していた。そこに容赦ない爪が襲い来る。切り裂かれ、蹴り飛ばされ、仲間は次々倒れていく。立っている人狼はもう3、4人程である。
「ウォーオオォォ!!」
犬神は月に吠えた。それは、この惨状に相応しい地獄の番犬のようであり、これ以上血を流したくない苦痛な叫びのようでもあった。
“犬神の数珠”を首にかけ、帰り道は行きよりも素早く進んで早々に洞窟を抜け出た。だいぶ神経をすり減らしたが、早く狗美のもとへ向かわねばと駆け出す和神の肩を妖力の弾丸が撃ち抜いた。
最早部下たちは使い物にならないと判断した狼斗は惨状に部下を取り残して、自分だけ逃亡してきたのである。それは側近が早々に下した判断の上塗りに過ぎなかった。が、このタイミングで逃げ出したことによって、狼斗は自分を罵った人間への復讐の機会を得たのである。
「犬神は逃しても、テメェは逃がさねぇよ!クソ人間が!!」
肩から血を流して倒れ込んでいる和神にバン!バン!と何度も引き金を引く狼斗。和神を襲う弾丸の内の1発が“犬神の数珠”に当たり、連なっていた深紅の珠が、和神の血液と共に周囲に飛び散る。
「うぐっ!」
口からも血を吐き、瀕死になる和神。
「へっ!犬神がいなけりゃただのデクだな、人間が!チョーシに乗るとこーなんだよ、覚えとけ!つっても、テメェはここで終いだがな!!」
狼斗が銃口を和神の頭に向けた。