第72話:精霊の悲劇
古い神社に身を隠した我はその身に刺さった矢を一本一本抜いていく。一本抜く度に激痛が走り、精霊であるが故に血こそ出ないが霊力が漏れ出る。再生するまでには些少の刻を要するが、どうやら“奴ら”は待ってはくれないようだ。我の気配が分かるのだろう、奴らは我の隠れる社殿を取り囲んでいた。その妖気を我も感じていた。そして“奴ら”の放つ無数の矢が社殿を貫き、撃ち込まれる。だが、我もそう同じ手は食わない。我はそれらを風の壁で散らしてやった。同時に、社殿の扉から短刀を持つ者が追撃を仕掛けてきたが、それも先刻見た刀捌き。我はそれをいなし、背後を取り、背から貫手で貫いた。
「そう同じ手は・・・食わぬ、妖。」
「我らは・・・妖ではない。人間だ。」
そう言って力強く振り向いたその“人間”の顔を見て、我は目を疑った。
「そなた・・・小娘・・・か?」
その身体はどう見ても成人の女であったが、その顔にはあの小娘の特徴が見て取れた。長く生きていると、暫く見ぬ間に妖でも童から大人になっていることが多い。我にはすぐにそれが姉や親族ではなく、本人であるということが分かった。
「そなた・・・何故、大人に?僅か・・・10余年で・・・?」
我は知らなかったのだ。“人間”が妖の10倍の早さで歳を取るということを。知らなかったのだ。人間にも妖力を宿す術があることを。
すぐに数人が社殿に突入してきた。我は、自身の手が小娘の身体を貫いていることに混乱し、呆然としていた。
「みのりがやられたぞォーーーー!!」
社殿に入ってきた1人が叫んだ。我の中にあった不安のようなものが確信へと変わり、我は我を失い、社殿もろとも奴らを吹き飛ばした。我が周囲の木々まで吹き飛ばしたため、一帯には草一本無くなっていた。何も無い大地に、我と小娘が居る社殿の床だけが残っていた。我はそっと小娘から手を引き抜き、小娘を腕に寝かせた。
「あれ・・・?お姉ちゃん?あはは、全然変わってないなぁ。」
今にもこと切れそうな掠れた聲で、小娘は笑む。
「小娘・・・我は・・・。」
「ごめんね?襲って。妖魔だと思ったから・・・。大丈夫?」
死にかけているくせに、小娘は我の身を案じている。馬鹿な。我は精霊だぞ?こんな矢如きで死ぬものか。
「大丈夫だ、我は・・・守り神だからな。」
「えへへ、そっか・・・よかったぁ。」
そして、小娘は息絶えた。最後に別れたあの時と同じ、満面の笑みを浮かべて。
我はみのりの遺体を村の墓地に運んだ。そこには、みのりの両親の墓もあったため、その隣に埋葬した。近くの石碑には“妖との戦”にて,と彫られていた。
その後、我は何故この世界がこのような事態に陥ったのかを調べた。そして判った。あの奇怪な穴・次元孔は我の見つけた1つだけに非ず、妖界に点在しているということ、その中の幾つかが魔界にも通じていたということ。その内の1つの次元孔から、魔界の南にある大国がこの世界に侵攻を開始したことで戦が起こったということ。
つまり、この戦は人間と妖の争いではなく、人間と妖と魔界の大国の戦であった。加えて、劣勢になった妖は人間と共闘を始め、人間と妖対魔界の大国という図になっていたのだ。故にみのりらは妖力を扱えたのだ。
それらの事態を把握した我は、即刻人間と妖どもの勢力の中枢に赴き、魔界の大国のこの世界における本拠地を訊き、本拠地の中央本部に風となって訪れ、司令官の首を刎ねてやった。造作もない。突如司令官を失った敵軍は総崩れし、人間と妖どもに押し返され、魔界へと撤退していった。
我がもっと早く戻っていれば、こんなにも容易く片付いたというのに・・・。我は長らく生きてきた中で感じたことのない焦燥感を感じ、自責の念というやつに苛まれ続けている。
「『退屈だ。』そう言える日に帰りたいな。」




