第70話:精霊と小娘
小娘は名をみのりと言った。村に作物が実ることを願って村長がつけたらしい。何とも安直な理由だ。しかも当人の事ではなく村の繁栄を願うとは。まあ、こんな小娘の名などどうでもよいのだが。しかしこの小娘、訊いてもいないことをつらつらとよく喋ること。かれこれ20分は喋り続けている。
「よく喋るな、小娘。」
「だって、たのしいんだもん!」
この小娘は我にやたらと懐いた。にこにことまるで友達でも出来たように楽しそうに笑っている。
「そうだ、おねーちゃんなまえは?」
「む・・・。名か・・・。そうだな、フウとでも呼ぶがよい。」
東洋では“風”を“ふう”とも読む,という事を思い出し、適当に言った。
「フウ?フウおねーちゃんはどこにすんでるの?」
「どこに・・・。」
正確に“我の家”というものはどこにもない。反対に風の吹く場所全てが家であるとも言える。そこで、ちらっと目に入った古い神社があったため、そこが我が家であるとまたも適当を言った。
「そうなんだ~!じゃあじゃあ・・・!」
ここからは我への質問攻めだった。だが、程なくして村に着いたおかげで質問攻めは終わった。村では、大人たちが小娘の名を叫び回っていた。我らの到着を確認した村の男が他の村人たちに大声で知らせる。
「おーい!!みーちゃんが帰ってきたどぉぉーー!!」
それを聞いた村人たちが一斉に駆け寄ってくる。その中に小娘の両親もいた。泣きながら小娘を叱っている。やがて村人の視線は我に向けられた。
「あー、あんたは?誰だべ?」
「この辺じゃ見かけねえ、顔だがや。」
「めんこいのぉ。」
ここの村人連中は大分昔の東洋妖のような顔をしていた。言葉も何だか古臭い。何にせよ、小娘にちゃんと自身が妖であるという教育をさせよ,と村人に説教してやろうかと思っていたが、我はあることに気付き、それを止めた。
「ありがとう、ありがとなぁ!」
小娘の両親が我に何度も頭を下げる。
「もうよい。我は帰る。」
そう言って我が返そうとすると、村人たちが引き留める。もう夕暮れだから今から山へ入るのは危険だ,と。そんな村人たちに大丈夫だ,と告げ、我は風となってその場を去った。村人たちは大変に驚いていた。
やはりそうだ,と山を小娘と歩いている間に見つけた古びた神社の上に腰かけて我は考えていた。我が妖のことについての説教を止めた理由、それは、村人らに妖力・妖気といったものを全く感じなかったからであった。
「人間・・・か。」
かつてそんな存在がいたことを思い出した。確か妖界全土から姿を消した筈だが、こんな所で生き延びていたのか。小娘が妖の事を知らないのも当然というわけだ。妖力を持たず、生身で生きるしかない存在・人間。我は暫くこの古い神社に居ることにした。
「おねーちゃん!」
翌日、我はその声で目を覚ました。屋根の上で寝ていた我が見下ろすと、昨日の小娘とその両親と村人数人がいた。
「やはり、貴女様はこの山の守り神様だったんですね。」
「む・・・?」
何やら果物やら米やらを置いている。お供え物のつもりらしい。
「どうか我が村を“化け物”の手からお救い下さい・・・!」
今度は皆で我に祈り始めた。
「あのね、フウおねーちゃん!」
小娘が話そうとするのを失礼じゃろ,と両親がやめさせる。正直祈られているだけでは何も分からんので、我は小娘に話をさせるよう促した。
小娘の話では、最近近くの峠で“化け物”出て、村に来る行商人を襲っているらしい。その所為で村に商人が来なくなり、作物の種やら薬やらを買えずに村が衰弱し、そこに追い打ちをかけるように近頃病が流行り始め、村人が次々と亡くなっているという。
この手口は十中八九妖の仕業だろう。よくやる手だ。徐々に弱っていく様を見るのが好きな妖というのはどこにでもいるものだ。ましてや妖力を微塵も持たない人間では何もできまい。
「おねーちゃん、助けて!・・・けほっけほっ。」
「みのり、おめぇ・・・!」
どうやら小娘も流行り病にかかったようだ。