第6話:狗美の覚悟
和神の手を離し、1人王狼院と決着をつけに行こうとする狗美を和神が引き止める。
「待って下さい。王狼院の連中とケリつけに行くのを放っとけって言うんですか?王狼院ってどのくらいの戦力なんですか?」
「細かくは分からんが、そんな大物が相手じゃないとはいえ、20~50はいるだろうな。」
「危険・・・じゃないんですか?」
「危険だからここまでだと言っているんだ。これ以上お前を巻き込むわけには・・・」
「巻き込むのがなんだって言うんですか!?もうとっくに巻き込まれてる!今更放っておけない。ましてやこれから危険な場所に飛び込むって言う女性を黙って見送れるほど、俺は落ちぶれてない!」
「!!」
衝撃だった。出会ってから優しい口調しか聞いてこなかったこととのギャップもあったが、両親を失ってからずっと1人で生きてきた私は、こんなに心配された記憶が無い。ましてや家族でも友人でもない、出会って間もない人間の男に心配されるとは。
「・・・死ぬかも知れないんだぞ?」
「狗美さん1人じゃ死ぬより酷い事になるかも知れない。でも俺がいれば、犬神の力を使っても止められるかも知れません。」
「昨晩は偶然だったかも知れないだろう?」
「偶然でもなんでも、可能性がないよりマシでしょう?犬神の力が使えれば、王狼院も退けられるのでは?」
「・・・・・わかった。」
(衝撃が去ると、嬉しさが残っていた。ただ感情的に言っているのではない、合理的に考えて心配してくれている。それどころか、命懸けで協力してくれようとしている。今思えば、私は諦めていたのだろう。いずれ王狼院に捕まり、一生を終える運命だと。だが、もう違う。ここまで私に協力してくれる者がいるのだ、諦めていい道理がない。私は王狼院に打ち勝ち、私の妖生を生きる。この後、何度王狼院に追われようが、必ず。)
「ありがとう。」
狗美は呟いた。和神はえっ?と聞き返したが、狗美は2度は言わず、次元孔の前に行った。
「行くぞ、和神翔理。妖界へ。」
「はい。」
2人は、王狼院が待ち受けているであろう妖界へ足を踏み入れた。和神にとっては初めての妖界進入となる。
妖界・神狼の森・天之稲荷神社。
次元孔を抜けると狗美の言ったとおり、さっきまでいた天之稲荷神社と全く同じ造りの神社があった。ただ、流界と違うのは、神社自体が荒れていることと、周囲を鬱蒼と茂った森で囲まれていることである。
「ここがさっき流界でいたのと同じ場所に当たる妖界だ。同じ共通しているものは神社くらいで、この辺りは森林だ。あと流界と違うのは、そこいらをうろついているのが人間ではなく妖だという事だな。」
狗美が説明すると同時に茂みから3m級の巨大な百足が飛び出し、和神に襲い掛かってきた。それを狗美が爪で真っ二つに切り裂く。
「これが妖・・・。」
「野生のザコ妖だ。次元孔から迷い込んだ人間を捕食している。弱い妖にとっては同じ妖を襲うより人間を襲った方がリスクが少ないからな。」
そこまで言って、狗美は周囲の匂いを嗅ぎ始める。
「これは、運が良いのか悪いのか、どうやら我が家が近そうだぞ。」
狗美は和神を肩に担ぎ、走り出した。彼女なりの配慮であるが、この時和神は人生で初めて肩に担がれた。
狗美は流界の時よりも速く疾走し、ものの1分程で家の近くまで来たが、妙な気配を感じて立ち止まる。和神を降ろし、茂みから狗美宅の様子を窺う。王狼院の者と見られるスーツの男たちが10人、いや20人はいる。
「どうやら家もバレたらしい。」
再び和神を担ぎ、どこかへ走り出す。
「どこへ?」
「神狼神社だ。そこで“犬神の数珠”を手に入れてから王狼院の相手をする。」
「神狼神社も王狼院が待ち伏せてるんじゃ?」
「かもな。でも、戦うにしても神狼神社の方がいい。最悪私が暴走しても、君が犬神の数珠を持って来てくれれば止められるかも知れないからな。」
「あるんですか?その数珠。」
「・・・あとは運次第だ。」
そうこうしている内に神狼神社に着いた。辺りを見渡すが、王狼院の気配もない。2人は茂みから神社裏の祠へ向かう。
「やっぱり来たなぁ!イ・ヌ・ガ・ミィィ!」
神社の境内に不快な声がこだました。神社の障子が開き、十数名のスーツの男たちが姿を現した。その中央にいるリーダーと思しき男が2人を見下す。
「前回はすまなかったなぁ!犬神を迎えるのに第4夫人じゃいけねぇよなぁ!第2夫人に迎えてやるよ!この王狼院狼斗様のだぜ!?さあ、こっちに来い!」
不快な声はリーダーと思しき男・王狼院狼斗のものであった。