第54話:イレイズ・スプリングス大佐の罪
陰美の容赦ない妖力の弾丸にブライト大佐は倒れ込んだ。
「これはただの妖力の弾丸ではない。陰陽術を施した簡単に言えば“麻痺弾”だ。動けないどころか天力も出せないだろう?さぁ、シャイン大尉、こいつを連行して下さい。私は姉を手伝わないといけませんので。」
「あぁ・・・分かった。感謝する。」
陰美は無力化したブライト大佐の身柄をシャイン大尉に預けると、陽子のもとへと急いだ・・・が、急ぐ必要はなかった。陰美が駆け付けた時、まさにヘカトンケイルが倒れた。もはや、ピクリとも動かない。それだけではなく、周囲にいた小物の魔物まで一掃されていた。
「ふぅ、何とかなったかな。」
「お姉様、お怪我は?」
「あぁ陰美。全然、どこもケガしてないよ♪」
明るく笑って答えた陽子に、陰美はほっと胸を撫で下ろす。
「心配してくれたの?嬉しいなぁ♪」
安堵の表情を見せる妹をからかうように顔を近づける陽子。陰美も思わず顔を背け、照れている様子。照れ隠しも兼ねて、陰美が話題を変える。
「それよりも、裏切り者はイレイズ大佐ではなくブライト大佐でしたね。」
「うん、でもイレイズ大佐にかかってる嫌疑が晴れるわけじゃないよね?だからシャイン大尉にブライト大佐を連行させてイレイズ大佐を残したんだもんね。」
姉妹は同時にイレイズ大佐の方を見た。渦中のイレイズ大佐は倒れたサンクティタス兵たちの治療を始めていた。
「貴方に、何故横領と禁止調合薬の製造に関わる嫌疑が?」
イレイズ大佐は兵士の治療をしながら答えた。
「・・・クリア・コレル少佐も同じ嫌疑が掛けられているだろう。あいつは、庶民階層のある子供を救うために悪党共から押収した金を少しづつ横領して、その金で禁止調合薬を作るための材料と製造できる魔女への賃金に当てていたんだ。そして、その横領に初めに気付いたのが俺だった。あいつとは同郷でな、ガキの・・・子供の頃からよく遊んでた。だからあいつが何の理由もなく横領なんてするわけがないって思って、追及したんだ。」
「それで事情が分かったと。」
「そうだ。それで、その子供が助かったら、一緒に自首するってことで・・・見逃した。ま、結局他の将校にバレて俺まで嫌疑をかけられたが。」
「その子供は・・・助かったのですか?」
陽子は心配そうに尋ねた。
「ああ!もう大丈夫さ。・・・ただ、その代わりにあいつ・・・クリアが寿命を半分削ったがな。」
「・・・その副作用があるから禁止調合薬、というわけか。」
「ああ。本当に、バカだがいいやつなんだ、クリアは。」
陽子は訊くか迷ったが、年頃の女の性なのか知的生命体の性なのか分からないが、とにかく訊かずにはいられなかった。
「あの、イレイズ大佐とクリア少佐はその・・・。」
「恋愛関係にあったのですか?」
陽子が口籠った部分を陰美がはっきりと代弁した。
「!・・・ふ・・・ふははは!!それは無いな!あいつを女として見たこともないさ!兄弟みたいなモンだからな!それに俺は結婚して子供も5人いる!しかも妻はクリアの友人だしな!」
イレイズ大佐は大きく笑って否定した。
「だがまあ、そう疑われても仕方ないな。一緒に自首して同じ運命を辿ろうってんだから。」
「・・・奥様は、ご存じで?」
「当然さ・・・何せ、妻の妹の子供なんだからな。クリアの助けた子供は。」
その後は陽子と陰美も兵士たちの治療を手伝った。幸いにも、死者は出なかった。しかし、重傷者や妖力が尽きそうな者が多かったため、陽子と陰美もこの場を離れるわけにはいかなくなってしまった。
「兄弟みたいなものだからこそ・・・なのかな?一緒に自首して罪を償おうなんて、恋人だったら逆にできないかも。」
「愛し合っていようが、元は赤の他人ですからね。兄弟の方が、或いはどこまでも寄り添うものなのかも知れませんね。」
そう話しながら兵の治療をする陰美の横顔を見て、陽子は「わたしたちもそんな兄弟になれたらいいね」という言葉を呑んだ。それは、かつて陰美が陽子を捕らえようとした行為を責めることになってしまうから。代わりに陽子は違う話題を出した。
「特使様は大丈夫かな?」
「どうでしょう・・・ただ、あの“エンジェルアローサル”があれば、滅多なことでもなければ負けるとは思えませんが。」




