第40話:魔を嫌う風
特使ミネルヴァの首から手を放したシルフはふわふわ宙を漂い始めた。
「会いに行かなかった・・・そう、我は外界との関わりを絶った・・・。力を貸してほしいなど・・・。」
「緊急の要件なのです。」
真剣な眼差しで言う特使をシルフは冷たい目で見る。
「緊急なのはそなたらの事情・・・我には関係のない話・・・。」
「この森が魔に侵されても、ですか?」
「・・・魔に?」
特使はシルフに西洋妖界で起きている一連の事件を話した。そして、それに伴って“受け容れし者”である和神に妖力や天力、霊力を吸収させる必要があるということも説明した。シルフも森に流れ込んでくる魔力を感じていた。
「・・・魔を阻止するのは手伝う・・・でも、その人間に力を分ける筋合いはない・・・。」
そう言い終えると、シルフは姿を消した。和神たちは仕方なく、精霊の社をあとにした。関所までの帰路で陽子は残念でしたね,と特使に声をかけた。
「いえ、助力を頂けるだけでありがたいお話です。しかし、和神様に霊力を宿す件は、陽子様から地道に少しずつ吸収されるのを待つしかありませんね。」
「でも、シルフ様は外界と関りを絶った・・・ということは、以前は交流があったということですか?」
「ええ、以前はシルフ様とよく・・・。」
特使が話し出すのと同時に、皆の先頭を歩いていた狗美と陰美が足を止めた。
「囲まれてる・・・この匂い・・・。」
「あいつ・・・。」
皆が臨戦態勢になった時、その声はした。
「は~い、ミネルヴァさまぁ~。いや、ミネルヴァ。」
検問所の嫌味な責任者であった。その周囲から現れたのは、白い兵装のサンクティタス王国の兵ではなく、灰色の肌に尖った耳をしたダークエルフの一団であった。
「抵抗するなよぉ?こいつらは魔界で幅を利かせるあの“カッティングゼロ”のメンバーだ。その恐ろしさは、あんたも解るだろぉ?そして、こいつらは今、俺の、このフラッシュ・ブランク・フラット様の手駒なのさ!」
“カッティングゼロ”・・・主に魔界の東部を拠点に活動する少数精鋭型の盗賊団。メンバーの多くはダークエルフで占められているが、これはリーダーであるエッジ・スライサーがダークエルフであることに起因する。そのメンバーたちはいずれも凶悪かつ残忍で、盗みのためなら幾らでも他人を殺す連中である。・・・という情報をミネルヴァは確かに持っていた。だが、他の4人は魔界に造詣が深くない。更に、陽子は検問所でのイラつきが再燃し、かつて無いほどに怒張していた。彼女が抵抗しない理由はなかった。正確には『抵抗』ではなく『撃滅』であったが。
「検問所の、他の兵はどうしたのですか?」
特使が訊いた。
「ああ、殺したよ。こいつらと俺でな。」
この言葉によって陽子の怒りは頂点に達した。見る見るうちに妖力は膨れ上がり、彼女の周囲の空間は歪んで見えていた。ここまでの妖力を放出している陽子の姿は、陰美も否、陽子自身も見たことはなかった。
検問所の責任者フラッシュは急ぎ“カッティング・ゼロ”のメンバーに攻撃命令を出した。極悪非道、冷酷無比な“カッティング・ゼロ”。しかし、彼らにも自我とある程度の知性はあった。『この女にここで仕掛ければ間違いなく死ぬ。』それはこれまでの経験からも推測できた。しかし、ここでやらなければ、どの道リーダーであるエッジ・スライサーに殺される。他に道はなかった。
彼らがフラッシュの命令から『殺る』と決断するまで、およそ5秒ほどかかった。だが、それでも彼らは迷い過ぎた。
風は、魔を嫌っていた。
一瞬。かつて彼らがそうしてきたように彼らは切り刻まれ、かつてそうしてきたように惨殺された。




