第4話:犬神《くみ》と王狼院《やつら》
朝日が射し込み、和神は目を覚ました。布団がいつもより重い・・・,と思い布団を見やると、布団ではなく狗美が乗っかって眠っていた。
「おっと・・・。起きると拙いな。」
気付かれぬよう、狗美を引き離そうと肩に触れた時、狗美は目覚めてしまった。
「うおお!?お前、何で!?」
狗美は驚いて飛び起きた。だがすぐに自身がいるのが居間で、部屋は荒らされ、ベッドはズタズタに引き裂かれて血が染み込んでおり、壁には血痕が飛び散っているのに気付いた。
「そうか、こっちの世界では月の満ち欠けも違うのか・・・。」
狗美は顔を伏せて悲しそうに尋ねる。
「これ・・・私がやったんだな・・・?」
「まぁ、10分くらいでしたけどね。」
優しくそう応える和神に狗美は謝り、自身の正体を明かす。
「すまない・・・。狼の姿を見たのなら分かっていると思うが、私は人間ではない。私は・・・妖だ。人狼という、狼男のような妖だ。」
和神は今更驚かなかった。昨晩の狼の姿を見た後では、むしろ納得できたくらいだった。初めに目覚めた時に和神をふっ飛ばした膂力も、「人間か?」と尋ねたことも、チャーハンに警戒してくんくん匂いを嗅いでいたことも説明が付く。1人納得した和神に、狗美は話を続ける。
「私は、その人狼種の中でも特異な存在で、犬神と分類されるものでな。犬神は通常の人狼種の10倍以上の能力を擁している。」
そこまで言って狗美はまた俯いた。
「情けない話だが、私は犬神の能力を使いこなせていない。」
狗美は窓の方を見る。
「満月の夜になると犬神の力を抑えられなくなり、意思とは関係なく犬神の姿になってしまい、本能のままに暴れまわるんだ。暴走している間、ぼんやりと意識はあるが止められはしない。それだけならまだしも、自分で犬神の姿になっても衝動を抑えられない始末だ。」
そこまで言うと、狗美は和神の体を気にする。
「だが、こんなに血飛沫が飛び散っているというのに、よく無事だな?」
言われてみればそうである。和神は夜中、暴れ狂う狗美(犬神状態)に肩を深く噛まれた上、爪で身体をズタズタにされ大量に出血した。現にシーツは血に塗れているし、服も引き裂かれている。しかし和神はいつも通りに起床し普通に会話している。服の破けた所を見ると、傷の痕跡すら残っていない。昨晩まで残っていた狗美に最初に付けられた胸元の傷までなくなっている。
「それに私は普段暴走すると、夜明けまで暴走し続けるというのに昨晩は10分ほどだったというじゃないか。どういう訳なんだろうな。お前、本当に人間か?」
そう言うと、狗美は和神の体の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。体から首筋、頭と嗅いでいったところで、狗美の胸元がちょうど和神の目の前にきた。目のやり場に困った和神は別の話を振る。
「と、ところで、どうして俺の家の前に倒れてたんです?」
狗美は嗅ぐのを止め、和神のボロボロになった服を見つめる。
「・・・そうだな。ここまで世話をかけてしまったんだ、全て話すのが筋というものだな。」
狗美は和神宅の前に倒れることになるまでの経緯を話し始める。
「私は森の中でひとりで生活してきた。早い内に両親を亡くしてな。幼い頃から犬神の力の暴走はあったのだが、それは両親が止めてくれていた。両親が亡くなってからは年々暴走がひどくなって、次第に家を破壊しかねなくなったから満月の夜は外へ出て、森中を駆け回ることで暴走する力を発散させていたんだ。
しかし、いい加減に暴走に怯えて生活するのが嫌になった私は、様々な文献を調べて犬神の力を抑える 方法を探した。すると、近くにある神狼を祀った神社の祠に、かつて災厄をもたらした犬神を封じるのに使われた“犬神の数珠”という物が奉納されていることが分かった。実在するのか確かめようと思って、私は神狼の神社へ向かった。そうしたら、そこに奴らがいたんだ。」
「奴ら?」
「王狼院だ。自分たちこそ至高の存在だと思っている連中で、妖界の貴族みたいなものだ。王狼院はどうやら満月の夜に暴走している犬神の存在に気付いていたらしく、私が力を抑えるために神狼の神社を訪ねることを予測して見張っていたらしい。」
「犬神の数珠を奪われないように・・・じゃないですよね?」
「ああ。犬神を捕らえる為に、だ。犬神というのは人狼種の中でも稀少な存在。王狼院はその血を自分たちの家系に取り込もうと画策していたようだ。」
「ううぇ・・・。」
嫌悪感剥き出しのリアクションをした和神に、思わず噴き出す狗美。
「ふふ、私もまったく同じリアクションをしたよ。嫁になれ、第4夫人として迎えてやろう,って迫ってきたが、私が断ると奴らは強行手段に出た。私は数十人の男どもに追われ、森を駆け抜けた。途中で雨が降り始めて私は濡れた木々の上を走っていたが、枝から滑り落ちた。ところが、そこは偶然にも妖界とこっちの世界・流界の抜け道の近くだったから、そのまま流界に出た。王狼院は流界や人間を嫌っているし、流界の土地勘もない。思った通り奴らの追跡をまくことができた。だが、土地勘がないのは私も同じことで、気付けば私は“駆ける鉄塊”・・・車といったか?あれの往来する路に出てしまい、不覚にも撥ねられ、重傷を負ってしまった。追跡から逃れてきた疲労と重傷で朦朧とした私は、ただふらふらと彷徨い歩き、無意識のうちに・・・。」
狗美は扉の方を見る。
「家の前に倒れていた,と・・・。」
察した和神の言葉に、狗美は頷き立ち上がる。
「だが、昨晩犬神の力を暴走させたことで、さすがに王狼院に気付かれたかも知れない。私はもう出るよ。服が乾いているといいが・・・。」
「王狼院は現世が嫌いなんでしょう?だったら、ここにいた方が・・・。」
「好き嫌いで見逃せるほど犬神の価値は安くない。なにせ前に犬神が現れたのは、1000年以上前だからな。」
引き留める和神にそう言うと、狗美は扉に向かった。