第39話:風の精霊・シルフ
射し込む木漏れ日に爽やかな風が吹き抜け、全身が癒されるような感覚になり、思わず本来の目的を忘れてしまいそうになる。風の森はそんな場所である。しかし、ここに吹き抜ける爽やかな風は、森の中央・精霊の社に住まう精霊に訪問者の存在を報せていた。
そんな事は露知らず、陽子はうーん,と伸びをしていた。気を抜き過ぎです,と陰美に諭される。何とも姉妹らしい光景である。だが、長年森で暮らしていた狗美は気付いていた。既にこの森の主がこちらの存在を認識していることに。
「お前は気を抜くな、和神。」
狗美の忠告に、和神は頷いた。やがて、先導していた特使が歩を止めた。
「ここからが“精霊の社”・・・シルフ様の住まう土地になります。」
特使の示す先には木造の教会のような建物があるが、特に塀や壁で仕切られているわけではなかった。
「ここから我々の命は、シルフ様の機嫌次第と言っても良いでしょう。どうか、失礼のありませんよう。」
フッと、特使の纏う空気が変わった。和神にはそんな風に見えた。今までの柔和な雰囲気から、荘厳な雰囲気に。もしかすると、これが本来エルフという種族が持つ空気なのかも知れない,と和神は思った。
特使が、教会へと足を踏み出した。和神たち4人もこれに続く。特使が教会の古びた門を開く。ギィー,と、長年手入れされていないであろう蝶番の擦れる音が教会に響いた。
薄緑色の長髪―。
和神が教会の中に入って最初に目に入ったものであった。しかし、何故か狗美や陽子、陰美は他の教会内部の壊れた装飾や寂びれた木の長椅子に気を取られている様子であった。
「それは何?ミネルヴァ・・・。」
それは、特使・ミネルヴァにしか聞こえない声であった。
「我に気付いている・・・。」
特使は振り返り、和神を見た。
「認識出来ているのですか?」
しかし、特使の声は和神には届かない。特使は声の主に言う。
「“音の開放”を。」
「“存在を空気にした”我を初見で視認する、そなたは何・・・?」
声は特使と和神にだけ聞こえるようになった。そして問いかけには特使が答えた。
「彼は“受け容れし者”です。そして他の妖3名は彼の友人であり、私の知り合いです。シルフ様。」
「“受け容れし者”・・・。久しい・・・世に“受け容れし者”が再臨するのは・・・。」
薄緑色の長髪の持ち主は振り返り、和神の方を見つめる。人間(日本人)で言えば15~16歳の少女のような姿をした風の精霊・シルフと、和神は対面した。よく見ると、彼女は僅かに宙に浮いている。
シルフは、姿勢を変えないままに和神の方へ空中を移動してきた。と、サッと特使と和神の眼の前からシルフは消えた。
「“容姿の空気化”は視えない・・・。」
シルフは和神の目の前10cmほどに現れた。薄緑色の髪と瞳に透き通るような肌、そして不自然な程真っ白なワンピースを着たシルフの背丈は150cmあるかないか程であったが、宙に浮いているためシルフが和神を見下ろす形になっていた。ここでようやくシルフの存在を認識した狗美たちは、思わず身構えた。
「シルフ様、力をお貸し頂きたいのです。」
一触即発となりそうな雰囲気を特使の落ち着いた声が制した。
「ちから・・・?」
シルフは再び姿を消し、今度は特使の首を掴んでいた。
「ずっと放っておいて・・・?」
シルフの一見か弱そうな細指が、ミシミシと特使の白い首を締めていく。
「放っていた・・・のではありません・・・。貴女様が・・・外界との交流を絶ったと・・・。それに・・・貴女も会いに来なかった・・・。」
シルフは徐々に指の力を弱め、やがて手を放した。




