第38話:風の森-Silva de Ventus-
和神たちは当初の予定通り特使の車で“風の森”に向かっていた。白いクラシックな出で立ちのリムジン。無論、運転手はメイドである。狗美は車には撥ねられたことはあっても乗ったことはなかったため、とても落ち着かない様子である。
「昨日も申し上げた通り、シルフ様は人間嫌いです。加えて、妖との接触も好んではおりません。それでも、他の精霊よりはお会いしやすい方なのです。何より、私はシルフ様と面識があります。ですが、ここ数十年はお会いしておりませんので、どういう行動に出るか解りかねますので、十分にご注意下さい。」
特使の注意を小耳に挟みつつ、狗美が窓の外を見ると、周囲は鬱蒼とした森林地帯となっていた。
「見えてきましたね、この森林が“風の森”です。直に到着しますよ。」
それから5分ほどでリムジンは止まった。前には、検問所のような施設があり、人間である和神でも恐らく西洋妖界の兵だろう,と分かる白い兵装をした男たちがこちらへ歩いてくる。特使がリムジンから降りると、こちらへ歩いてきた兵は慌てた様子で頭を下げ、検問所の方へ駆けて行った。
「降りて下さい。ここからは徒歩です。」
特使に言われた通り、和神たちは降車した。
「ミネルヴァ様?通行許可申請が為されてませんねぇ?それにその後ろのは何ですかぁ?おトモダチか何かですかぁ?」
「貴族院長からの極秘の政務です。事後申請の適用を。」
「あ~父上殿の威光ですかぁ。仕方ないですねぇ、お通り下さい。」
「感謝致します。」
何ともねちっこいような嫌な雰囲気の男が検問所の門を開いた。どうやら、このねちっこい男が検問所の責任者らしい。しかし、男の嫌味ったらしい言動にも、特使は顔色ひとつ変えず、冷静に対処した。これを見た陰美は、“上に立つ者の本当の在り方”の一片を垣間見たように思った。
特使、和神、狗美、陽子、陰美の5人は“風の森”へと足を踏み入れた。
「なんですか、あの男性は!?嫌がらせですか!?」
意外にも陽子がぷんぷんと怒っていた。
「申し訳ありません。あれが、以前お話した“貴族階層から庶民階層へ行った者”の悪い例です。彼の家系は代々、貴族院の要職に就いていたのですが、彼が横領している事実が判明したことによって庶民階層に降格させられたことを逆恨みしているようです。本来お家ごと降格されてもおかしくなかったのですが、お父様とお爺様が立派な方だったため、彼だけの降格となりましたが・・・それが返って恨みを大きくしているようです。」
「詳しいですね?」
陽子が膨れっ面のまま特使に訊いた。
「ええ、我が国の社会問題ですし、彼らの恨みの矛先は我ら貴族階層の者ですからね。一応、貴族階層から降格した者の名前と罪状と経過は把握しております。・・・ですが、ありがとうございます。」
特使の唐突な感謝の言葉に首を傾げる陽子。
「私も、理不尽な恨みに対して、そんな風に怒りたい時もあります。しかし、立場上感情的になるわけにも行きません。ですので、そうやって代わりに怒って下さると、胸が空くような気分になります。なので、ありがとうございます。」
この時の特使の微笑みは、恐らく心からの者であろうことは、その場にいた全員が分かった。それと、陽子は膨れっ面もかわいいということも。
特使が先行して森を進む。森の中では、小鳥やリスのような姿の小動物的な妖はしばしば見かけるが、こちらを襲って来そうな妖は全く見当たらない。この景色を見て狗美が言う。
「私の住んでいた森より数段安全だな。」
「森自体はそうですね。ただ、この森に他の妖が近付かないのは、シルフ様の気配を恐れての事であるということ、お忘れなきよう。」
”風の森”中央・精霊の社
「ミネルヴァ・・・と、この気配は・・・?」
本年もよろしくお願い致します。




