第369話:調和
和神と“彼の者”、互いの全身全霊の“最後の一撃” 、白く神々しく煌めく拳と黒く禍々しく揺らめく拳が、互いに向けて放たれる。
「おおおおおおおお!!!!!」
オオオオオオオオオ!!!!!
その拳を打ち出す一瞬の中で、和神は自身の中で心、或いは魂が熱く昂るような感覚を覚える。それは、自分の中に宿る、狗美たちや護国院の妖たち、大精霊、サタンといった様々な存在から託された力によって形成された“正の混沌”が、“彼の者”を倒して世界を救う,という目的に向かって1つになっているからであると感じる。それは“正”や“負”どころか、もはや混沌ですらなく・・・。
“調和拳”
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
2つの拳がぶつかった時、“この世界”全体が白と黒の光に包まれるようであった。
「・・・ありがとう・・・。」
そう、聞こえた気がした。
「・・・!和神・・・!?」
遠くに聞こえる聞き覚えのある狗美の声。それから程なくして和神の視界が白黒の光から解放され、景色が見えてきた。そこは、妖界・王土跡の窪地の中心であった。和神自身は“調和拳”を放った時の拳を突き出した態勢のまま止まっており、その拳の先に何か冷たいものが当たっているのを感じた。自分の拳の先に目をやると、そこには真っ白な腰の下まで伸びる長髪に真っ白なワンピースを着たノドカが、和神の突き出した拳と拳を合わせる格好で立っていた。
「!!ノドカさん!」
和神がそう言って拳を離すと、ノドカは一瞬だけ微笑み、そして全ての力が無くなったかのように、その場に倒れ込む。
「!」
和神が咄嗟に抱きとめたが、その体には一切の体温が無く、冬の金属のように冷たかった。
「ノドカさん!ノドカさん!!」
抱きとめたノドカに何度も呼びかける和神であったが、その後、ノドカは目覚める事も返事をする事もなかった。
【監視者の記録】
これは“彼の者”との戦闘状態に入る前、筆者である私、護国院陰美がウンディーネの姿を借りて現れた大精霊より依頼された“受け容れし者の監視者”として記録を残すものである。
監視者の役目は、監視対象者(和神翔理)を第2の“彼の者”にならないよう監視する事である。大精霊が筆者に監視者の役目を依頼した理由は、監視対象者と距離が近い者の中で最も監視対象者への好意が薄弱だからである。個人の思想で監視対象者から離れたり近付き過ぎたりしないように筆者が選ばれた。また、監視対象者の周囲に誰もいなくなった場合には、筆者が“最も近しい者”として接するという役割も担う。
この記録は“彼の者”との戦い集結後より開始する。
―略―
“彼の者”との戦い集結後、“彼の者”の本体であった和氏は死亡が確認され、護国院によって丁重に密葬された。大精霊やサタン氏の往年の和氏の話と“彼の者”との戦闘中にも助力していたという和神氏の証言などから和氏自身の意思で世界を滅ぼそうとしていたわけではないと断定されたが、王族の当主たちを亡き者とし、王土をはじめ世界各地に損害を与え、世界を危機的状況に追い込んだ事は事実である為、“密葬”という形となった。
―略―
“彼の者”との戦闘終了から数日後、監視対象者には護国院と貴族院から聴取が行われた。筆者もこれに同席。監視対象者の供述によると、かねてより世界各地にある“次元孔”は監視対象者と“彼の者”との戦闘により生じた可能性が高い事などが判明したが、最も興味深かったのは、和氏が目覚めたという“世界”の事である。荒廃し、負の感情に満ちていたというその世界は一体“何界”なのか?稀に裏の業界で耳にする“果て”と呼ばれる地との関連も考察したが、“果て”には“果て”の生物が存在するという点から“その世界”が“果て”である可能性は低いと思われる。
―略―
護国院、貴族院ともに、最も可能性が高いと考えられるのは“流界”であるとされた。和氏が目覚めたという研究施設らしき場所の詳細が妖界の研究施設とは異なっている点と、健康状態の確認も兼ねて監視対象者を精密検査した結果、“受け容れた”力の中に大量の“放射性物質”が確認された為である。放射性物質とは、流界でエネルギーを生み出す際に発生するものであり、妖界では滅多に検出されることのない物質である。この監視対象者から検出された大量の放射性物質から、和氏が目覚めた“世界”は流界である可能性が極めて高く、流界の歴史を見ても“その世界”のような状況になった例はない事から、恐らくは“未来の流界”ではないかと推測される。※絶望させる恐れがあるため、この推論は監視対象者には伏せる事にする。
次回、遂に最終話となります。
最後まで『異界嬢の救済』をよろしくお願いします!




