第338話:真・天狐
(ここまでか・・・。)
陰美が覚悟を決め、迫り来る“焔の斬撃”に身を委ねんとした瞬間であった。陰美の眼前に迫っていた焔の斬撃が消えたのである。それだけではなく、周囲の景色も若干違っている。
ズバァン!!!
陰美が当たる“予定”だった焔の斬撃が右後方で大地を斬り裂いていた。そこで陰美は初めて自分がいた場所を移動した事に気が付いた。そして、その時、優雅に揺れる九尾の尻尾が視界に入った事で、自分が柔らかく温かい感触に包まれている事にも気が付いた。
「ありがとう、陰美。」
「姉様・・・!」
陰美は陽子の右脇に抱えられていた。陰美は驚いたが、同時に更なる焔の斬撃が迫っている事に先に反応した。
「姉様!斬撃が来ます!」
「うん。」
“真・八重盾結界”
バババババァン!!!
陽子は正面に“八重”のバリアのような結界を展開させた。数秒前まで同じ焔の斬撃を“三十重盾結界”でようやく防ぎ、それでもなお時間の問題で破壊されかねないという状況であったはずが、今や“八重”で数発の焔の斬撃を容易に防いでいる。その事実と、いつも姉から感じる温和で柔らかな雰囲気のようなものが感じ取れなくなっている事とを併せて、陰美は理解した。
「内開式を・・・会得したのですね?」
陽子は頷く。
「うん、たぶん。陰美のお陰。」
「そんな、私はロクな時間稼ぎも出来ず・・・。」
「ううん。陰美が必死に戦ってる姿を見てたら、自然と集中できてた。それで、あの斬撃で死んじゃうって思ったら、もう、ここにいたの。だから、陰美のお陰。」
「姉様・・・。」
“真・八重盾結界【室】”
陽子は四畳半ほどの八重盾結界の部屋を作り、陰美を囲った。
「陰美はここで休んでて。あとはわたしがやるから!」
そう言った陽子に焔の斬撃が飛来する。しかし、陽子は事も無げにそれらを瞬間移動するかのような速度で移動して避けていく。
「まずはあれを止めよう。」
そう言うと陽子は右手を高速回転する獣悟に向けた。
“真・天狐ノ海嘯”
ドウンッッッ!!!
周囲に一瞬轟音が響くと、陽子の前方30mほどの距離が、5mほどの幅で抉れていた。抉れた大地の周辺は空間が歪んでいる。その抉られた大地の先にある窪地の外縁には獣悟が叩きつけられていた。それもぐっしょりと濡れた状態で。それは内開式を覚醒させた陽子が瞬く内に強大な水流の波動を発生させ、獣悟を吹き飛ばした事を意味していた。
外縁に叩きつけられた獣悟は立ち上がろうと上半身を起こそうとしている。だが、その眼前に陽子がフッと現れる。
“真・天狐ノ瀑布”
ドガァァン!!!
獣悟がいた場所に巨大な孔が穿たれた。
『あの娘、内開式を目覚めさせたわね。』
「流石です。お陰であの鬱陶しかった斬撃も止みました。」
ミネルヴァと無限の戦闘は、焔の斬撃の飛来を防ぐにあたって一時的に休戦となっていた。
ドオォォォン・・・!
ミネルヴァの背後、護国院の方角から光の柱のようなものが天まで伸びていた。
「あれは・・・?」
『どうやらあっちは片付いたみたいよ。』
それは晴臣が初代妖王の人形に放った“護国ノ天道”であった。
『あら、貴女は余所見しては駄目でしょう?』
大天使の言葉にハッとしたミネルヴァが振り向いた時には既に無限の尾が眼前にあった。
キュドォンッ!!!
ミネルヴァは勢いよく地面に叩きつけられた。そこへ無限は左手に持つ風の剣を投擲する。
“アイギス”
ミネルヴァは天力の盾を展開し、これを防いだが、“アイギス”に命中した風の剣は爆裂し、同時に凄まじい気圧を発生させ、ミネルヴァを地面へと抑え込む。
「くっ・・・!」
そこへ更に右手に持つ雷の剣までもが擲たれた。




