第336話:逃げ水
キィン!
陰美は一度鍔迫り合いを解き、距離を取って姿を隠す。瞬時に流姫の背後に回り、背に刃を突き立てる。
“影牙”
ガキィィン!!!
陰美の影纏う刃は再び流姫の刀に防がれた。“影走り”によって完全に隠しているはずの姿が見破られている事は明白であった。しかし、陰美の精神に動揺はない。
(・・・昔、この王族の方と同じ河童を暗殺した事があった・・・。その時、私はただ気配を消して殺せると踏んでいたが、その河童の男は私の存在を敏感に察知して厄介だった。)
キィン!!
今一度距離を取ろうとする陰美に流姫が肉薄する。
ギィン!!ガキィン!ガキィィン!!!
流れるような刀捌きを防ぎつつ後退していく陰美。そこへ背後から大剣を振りかぶる獣悟が豪速で迫る。
ブオンッ!!!
横薙ぎに振るわれた獣悟の大剣は文字通り空を斬った。大剣が振るわれる直前、陰美は流姫の刀を踏んで上空へ跳び上がり、あわよくば獣悟の大剣が流姫を屠ってくれる事を願っていたが、そうはならず、流姫は自身を加速させて屈むことで大剣を避けていた。上空へ跳び上がった陰美は再び“影疾駆”で姿を隠し思案する。
(その河童の男は内開式などとは無縁の男であったが故に、“影走り”を使って早々に始末した・・・。だが、もしあの男が内開式を使えていたのなら、恐らくこの王族の方と同じく“影走り”に対抗していた可能性がある。そう思い、護国院に戻ってすぐに河童について研究した。・・・弱点は頭部の皿。分かりやす過ぎるほど分かりやすい弱点だが、その代わり河童は、その皿によって“水気”を敏感に捉える能力を持つ。それは大気中の水気の変化さえ感じ取るという。恐らくかつて始末した男も、今ここにいる王族の方もそれを利用して私の位置を把握しているのだ。)
陰美は“影疾駆”で姿を消した状態で素早く流姫の周囲を動き回るが、流姫は陰美をずっと目で追いかけ続け、逸らさない。
(やはり、しっかりと捉えられているな。だが・・・。)
“影牙・撫廻”
ズバッ!!!
獣悟の脇腹が斬り裂かれた。
ズバッ!ズバン!!!
立て続けに膝裏、首筋と斬られ、膝を着く。流姫が駆けつけるが、陰美は既に距離を取っている。
(大剣の王族の方は捉えられていない。そして、河童の王族の方は捉えられていてもそれを“声で伝える事は出来ない”。本来の王族であれば当然できただろうが、今は混沌に操られし人形。息を漏らすような音は出していても、誰一人として意味を持った声を発する事はしていない。そして・・・。)
“影牙”
陰美は獣悟に背後から斬りかかった。
ガキィン!!!
しかし、傍にいた流姫が刀でこれを受け止めた。
ザァァァ・・・!
流姫は左手に既に妖力で水塊を作り出しており、即刻、陰美は水球で捕らえられてしまった。
(そろそろ策を講じてくると思っていたぞ。)
“影牙・黒点”
流姫の頭上から“もう1人の陰美”が急襲した。
バキィィンッ!!!
陰美の影纏う小太刀の切っ先が流姫の頭頂部の皿を捉え、砕け散らせた。流姫は声にならない声を上げながら苦悶の表情を浮かべ、のたうち回り、皿の割れた頭頂部から溢れるように混沌が抜け出していく。
陰美は、獣悟の背後から“影牙”で斬りかかった時、分身を作り出し、自身はその分身の背後にくっつくように移動していたのである。流姫は大気中の水気の変化を捉える事で陰美の位置を把握していたが、実際に陰美の姿が見えていたわけでも、“影”に覆われた陰美の水気を捉えていたわけでもなかった為、くっつくように近くにいる陰美と分身2つの存在を1つの存在として誤認し、その攻撃を防ぎ、水球に捕らえた事で油断していたのであった。加えて、自身が生み出した水球の水気の流れが邪魔になり、頭上に跳び上がった陰美の存在に気付けなくなっていたのである。人形と化していない本来の流姫であれば或いは感付けていたのかも知れないが。
(さて、大剣の王族の方も・・・!?)
陰美が獣悟に視線を向けるとそこに獣悟の姿はなく、狗美たちが戦う場所と陰美のいる場所のちょうど間くらいの位置に移動していた。




