第32話:抑止力
「貴族階層から庶民階層へ落ちた者たちの中には、貴族院に勤めている者もいます。」
「貴族院は貴族階層の妖しか所属できないのでは?」
特使に陰美が訊ねた。
「貴族院に属していても一定の結果を残せない、もしくは貴族らしからぬ行いをした者は庶民階層へ降格し、貴族院から追放される。また、庶民階層の者の貴族院への出入りを禁ず。かつてはそうでした。しかし、私の父が貴族院長になってからはこれを改め、庶民階層の者の新たな職場として貴族院を開放したのです。無論、貴族のように自由に出入りできるわけではありませんが。それに加え、貴族院に属していながら結果を残せなかった者に対しても父は寛容な措置をとりました。“貴族院からの追放”ではなく“階級の大幅な降格”にしたのです。つまり、庶民になっても貴族院に属してはいられるように取り計らったのです。」
「それって逆に残酷じゃないですか?」
和神が指摘した。
「ええ、そうです。かつての部下や同僚から見下ろされ、かつて見下ろしていた者たちと並ぶことになる。それでも貴族院に属していたいという者は少なくなかったですね。唯一のプライドなのか、気持ちだけは貴族でいたいのか解りませんが・・・。」
「その中に、今回の事件の犯人がいるってことですね?」
陽子が少しワクワクしたように訊く。
「えぇ・・・鬱屈した感情や僻み、妬み、嫉みがあるとか。前にも申し上げた通り、貴族から庶民へ落ちた者は貴族を憎む亡霊のようになります。本来そうなるはずの者たちが未だ貴族院に属しているとしたら、かつてほどの権限はなくとも、貴族にも貴族院の内部にも詳しい、最大の脅威と成りかねないのです。」
「なるほど・・・その話、こんな所でして大丈夫なのですか?」
陰美が廊下側の襖の方を見やりながら訊ねる。
「ええ、彼ら彼女らは代々続く貴族の家の者“純貴族”であり、信頼できる者たちを集めましたからね。問題ありません。それに、貴族の、特に降格するような貴族の者は、東洋妖界を見下していますから、東洋妖界の方も概ね信用できると考えております。なので、あなた方にもお話しした次第です。」
一通り話を終えると、特使は和神の方を見た。
「そして貴方が“受け容れし者”であるというのは本当のようですね。ここにいるだけで少しずつですが“天力”を吸い取られているのを感じます。」
「てんりょく?」
「西洋妖の中でもエルフ族しか有さない特殊な妖力のようなものですよ。天から授かった力とされ、天力と呼ばれております。しかし“受け容れし者”がいるならば、今回の戦争を起こさない可能性が増えますね。」
「と言うと?」
「“受け容れし者”はこの世の理をも受け容れ、使役する,という伝承があるのです。都市伝説や噂の類とされていますが、だからこそ貴族院が『“受け容れし者”がいる。』と言うこと自体に信憑性が生まれ、伝承も真実味を帯びます。“受け容れし者”が貴族院側にいるだけで魔界に対する抑止力になるというわけです。と、いうわけで・・・。」
そこまで言い終えると、特使は立ち上がり座っている和神を見下ろした。
「あなたが如何様な能力を持っているのか、拝見したい。」
「えっ・・・?」




