第31話:特使の疑念
特使たちのために用意された部屋は2階の大部屋を襖で3つに仕切っただけの簡素なものであった。3つに仕切った内の1つに特使とピクシーと呼ばれていたお付きの女性と和神、狗美、陽子、陰美が座っていた。特使の他のお付きは部屋の外や庭で警備に当たっている。特使が話を始めた。
「陽子さんが九尾、陰美さんが妖狐であることは事前の資料で分かっております。しかし、陽子さんのご友人であるというあなた方お2人からは尋常ならざる気配を感じるのですが、お2人は何者でしょうか?」
特使の問いに和神が正直に答えた。
「自分は人間です。で、こっちは犬神です。」
「そうですか、犬神ならばその気配も得心がいきます。・・・もう一度お尋ねします。“あなた”は何者ですか?」
特使は和神にだけその碧く鋭い視線を向けて尋ねた。正直に話さないと処刑する,と言わんばかりの瞳孔に和神は本当に人間なんですけど,という言葉を押し殺し、しばし沈黙を保っていた。見兼ねた陽子が割って入る。
「彼は、“受け容れし者”なのです。」
特使は一瞬言葉を失い固まった。
「“受け容れし者”?本気で言ってるの?」
「ピクシー。」
迂闊に発言するピクシーを諫める特使。それから特使は再び話し出した。
「なるほど、真偽のほどはさておいて、その異様な気配は確かに“受け容れし者”とでも言われなければ納得できないものです。取り敢えずはそういう事にしておきましょう。では、ここからが本題です。」
特使は少し声のトーンとボリュームを落とした。
「西洋妖界で起こっている、相次いでの魔物の出現とそれに伴う戦争への動きはご存知ですね?」
「一応は。」
陰美が応えた。
「では話が早いです。このまま行けばまず間違いなく戦争が始まります。貴族院の者たちも賛成が大半を占めております。しかし、私は、此度の一連の事件に疑問を抱いているのです。」
「と言うと?」
「もし魔界から本当に戦争を仕掛けるつもりならば、イレギュラーに魔物を小出しするのではなく、一度に大きな門を作り出して一気に畳みかけた方が奇襲になり効率的です。それと、こちらが魔界への遠征を行い、全滅させられた件にしても妙です。貴族院の誇る軍の1個小隊を全滅させるにはかなりの戦力が必要です。魔物は1体1体は強力でも連携を取ることはほぼないので我らが敗することはまずありません。そのため、貴族院は魔界の軍が迎撃したものと判断しましたが、イレギュラーに日に何度も出現する魔界の門のどこの門から遠征隊が来るかは魔界の軍は知りようがない上に、迎撃のために魔界の門を開く度に戦力を移動させるなんて非効率的過ぎます。」
「なるほど、確かに。」
陰美が納得している隣で狗美は和神に少し寄りかかって眠たそうにしている。
「私は、今回の一連の事件は貴族院内部の者が仕組んだことではないかと考えているのです。」
陰美と陽子が驚いた表情を見せる。特使の考えの理由を訊ねる陰美。
「何故そうお考えに?」
「・・・西洋妖界には貴族階層と庶民階層があります。2つの階層は住む場所も生活水準も大きく異なります。しかしながら庶民階層でも有能な者やその家族は貴族階層に上がることができます。それに庶民階層でも十分な暮らしは保証されています。そのため、庶民階層からの不満は殆どありません。ですが、問題はその逆です。つまり、貴族階層で成果を上げられない者や貴族らしからぬ行いをした者などは庶民階層に降格します。こちら側の者らからの不満は多いのです。なにぶん、一度上がった生活水準を下げるというのは難しいことらしく、貴族階層から庶民階層へ降格した者の多くは無法者と化し、貴族階層をつけ狙う亡霊のようになると聞きます。」
「その中に、事件の首謀者がいると?」
「はい。」




