第306話:動き出す“彼の者”
“妖拳”が炸裂した事で、“彼の者”に通じるのは差し当たり、同じ“受け容れし者”である和神の攻撃のみであるという事が証明された。和神はとにかく“彼の者”に攻撃を打ち込んでいく。
“天拳”
“霊拳”
“魔拳”
全てが命中し、手応えがあり、確かに効いている,和神にはそんな実感があった。
“不知火拳”
バシィ!
和神が更に追撃を打ち込んだ時、それは止められた。“彼の者”が纏う“混沌”の一部がガードしたのである。
ドスドスドスドスドスッ!!
次の瞬間、一瞬の内に和神の体は貫かれていた。“彼の者”が纏う“混沌”が剣山のように変異し、和神を襲ったのである。
「和神ッ!!」
ドンッ!
狗美が声を上げるとほぼ同時に和神は吹き飛ばされていた。“彼の者”が“混沌”の波動のようなものを放ったようである。狗美が瞬時に吹き飛ばされている和神の背後に移動し、吹き飛ぶ勢いを軽減させる。その甲斐あって、窪地の傾斜に激突する事態は避けられたが、既に血塗れの和神に、狗美はある不安を募らせる。同じ“受け容れし者”である和神の攻撃が“彼の者”に効いているという事は、反対に“彼の者”の攻撃も和神に致命傷を与えられてしまうのではないか。これは陽子たち他の皆も抱いているものであった。
「大丈夫か?和神。」
「うん、痛いけど不知火が治してるから・・・。」
和神の言う通り、“彼の者”に負わされた傷は不知火が通常通り治癒していた。ホッとする狗美。
「危ない!」
和神が叫び、咄嗟に狗美を突き飛ばす。“混沌”の光線(?)のようなものが飛んできたのである。それは窪地の斜面に命中すると、どこまで続いているのか分からないトンネルを穿っていた。
「!!和神!」
狗美は自分を庇った和神の状態に心配の声を上げる。狗美を突き飛ばし、自身も回避した和神であったが、避け切れてはいなかったのである。
「大丈夫・・・!」
そう言う和神の身体は右脚を喪失していた。不知火による再生は始まっているが、それなりに時間が掛かる事が予想される。ならば,と、その時間を稼ぐべく、狗美が“彼の者”に飛び掛かる。が、これをミネルヴァが抱きかかえて飛び去る事で阻止する。
「なっ!ミネルヴァ!?」
「狗美さん、落ち着いてください。動き出した“彼の者”に正面から向かっていくのは無謀です。先の王族の方々の件をお忘れですか?」
「!!」
「“彼の者”が動き出した今、接近した際に、またあの黒い球状の“混沌”を展開されたら、成す術はないものと思われます。今は回避できるだけの距離を取るのです。」
ズドォン!!ズドォン!ドゴォン!!
“彼の者”が和神に対して“混沌”の光線のようなものを幾度も放ち、和神はこれを辛うじて回避していた。右脚はないとはいえ、他の身体部位に妖力等の“力”を集中すればそれなりには動ける上、不知火の翼で飛ぶことも出来る。
「和神さんは強いお方です。以前のように逐一お護りするような事は返って失礼かと思いますよ。」
「・・・解ってる。それでもつい、体が動いてしまうんだ。」
“彼の者”からの攻撃を避ける和神を見ながら、狗美は呟く。ミネルヴァはその時の狗美の表情にかける言葉が思いつかなかった。やがて、狗美を抱えたミネルヴァは陽子たちがいる地点に着陸した。
「もー、あんなのに突っ込もうとしてー。」
サラがむくれた顔で狗美に詰め寄る。
「・・・すまない。」
珍しく心配してきたサラに、狗美はただ謝った。
「この中の誰1人として欠けるわけには行きません。無謀な行動は控えてください。」
陰美のこの言葉には皆が内心驚いていた。今までどこか距離を置いていた陰美にも仲間意識があったのか,と。
「すまん・・・。」
狗美は再び、ただただ謝った。




