第295話:混沌
“彼の者”は“時流球”に閉じ込められ、時と共に“凍結”された。
「今です、王よ。」
流姫が妖王に言う。他の当主たちは一歩退いて待機している。
「皆、自身を護れ。」
現妖王・神龍院無限はそう言うと、自身の前に右手の平を上にして出す。その手の平の上に神々しく輝く球体が形成される。それは、力の集合体。神龍が持つ妖力・霊力・天力を1点に凝縮したものである。
“王龍天球”
それを見た瞬間、王族の当主たちは一斉に自身に頑強な結界を張り巡らせた。
無限の手の平の上に形成した球体は一瞬でビー玉ほどの大きさにまで圧縮され、目にも止まらぬ速さで“彼の者”のもとへと飛来し、凍結している“時流球”を貫き、“彼の者”の眼前で炸裂した。
王土の外周
王族たちが王土の外へ影響が出ないよう結界を張っている。そこへ、結界内部から凄まじい圧力と衝撃が襲い掛かる。ミシミシ・・・,と音を立てて結界が歪む。
「皆、気を抜くな!これは妖王の気配、我らが優勢である証左であるぞ!」
王族たちは己が当主と妖王の勝利を信じ、勤めを全うしていた。
護国院・司守の間
「その~世界をけーせーしたコトワリ?・・・混沌?を纏った“彼の者”をどうやって封印したの?」
サラが問う。
『・・・厳密には封印したわけではない。我らは初め、“彼の者”の殺害、或いは消滅を試みた。』
「いきなりですか!?友人だったんじゃないのですか!?」
驚いた陽子が言う。
『・・・我らとて“彼の者”を救う手立てを模索はした。しかし、事態は急を要していた。“混沌”を纏った“彼の者”は、日に日にその影響力を強め、私が次に見た時には、“彼の者”が通った場所には何も残らなくなっていた。木々も、水も、大気も、重力も、大地は抉れ、時間や空間さえも歪に歪んでいる有様だった。最早放置しておく事は出来ず、救う手立ても見つからなかった。故に、この世から消し去る手段を取らざるを得なかった。』
「・・・・・。」
陽子は辛そうでありながら納得したように黙って聞いていた。
『幸い、“彼の者”の行動はあくまでも“困っている者を探す事”に変わりなかった。その為、我らは“彼の者”と相対しても影響の少ない土地に、困っている者がいる,と“彼の者”に偽りの情報を伝えて誘導した。その土地が今“王土”と呼ばれているこの地。当時は何もない平原で、“彼の者”もちょうど日本を徘徊していたから、ここを選んだ。護りの不死鳥だけは最後まで“彼の者”の殺害に反対していたから、全く別の場所を教えて邪魔にならないように遠ざけておいたわ。そして、当時の妖王と貴族院長、癒しの不死鳥・フェン、サタン、私で、この地にやって来た“彼の者”を殺しにかかった。地形は変わり、天候は乱れ、空間は割れ砕けた。そんな攻撃を仕掛けても、“混沌”を纏った“彼の者”を殺す事は出来なかった。』
「・・・その面々の攻勢を受けても、ですか・・・?」
動揺した様子のミネルヴァが尋ねる。
『“彼の者”の経緯を聞いていて解ったと思うけれど、“彼の者”は年を取らなかった。恐らくは“老い”という概念さえ受け容れていたのね。それでも、それだけなら、寿命で死ななくても肉体を消滅させれば死んだはず。けれど、そこに“混沌”が混ざったことで、肉体を消滅させても“混沌”が再生させてしまうようになっていた。言うなれば、“不死鳥でも殺せない不死鳥”のような存在と化していたの。だから私たちは、手を変え、特殊な封印をする事にした。』
「厳密には封印したわけではない,と仰られましたね?」
陰美がその封印術自体に関心を寄せた。




