第291話:創成
空間に開いた罅から黒い手のようなものが覗いたかと思うと、結界内に充満していた“黒い物”が活性化したようにうねり始め、次第に結界を蝕み、飲み込み始める。やがて“黒い物”が結界もそこに巻き付いていた注連縄も鎖をも覆い尽くすと、“黒い物”は一気に罅に吸い込まれるように収束した。その時には既に空間に開いた罅は人が通れる程度の“孔”になっていた。
その孔から、“黒い物”を纏った脚のようなものが踏み出でてきた。瞬間、妖王が掌をその脚へと向け、放つ。
“陽撃”
護国院・司守の間
『フフフ・・・このような状況においても賑やか・・・。みんな大物なのね・・・?』
その神秘的な声はフウの口から発せられたものであった。だが、言わずもがな、その声音はフウのそれではない。それを察したミネルヴァが問う。
「フウさんではありませんね、何方です?」
『はじめまして。精霊の主、或いは本体、或いは召喚者・・・大精霊と呼ばれているわ・・・。』
「!!!?」
司守の間にいる皆が驚愕する。大精霊・・・精霊界という特異な空間に身を置き、この世の全ての自然を司るとされ、各環境をより効率的に制御するためにフウ(シルフ)たち精霊を自身の化身のような存在として作り出したという存在である。
そんな大仰な存在を前に、陽明は院長席から思わず立ち上がる。
「大精霊殿が直々に,とは、やはり“彼の者”の復活についての用件でありましょうか?」
『そうよ。都合が良いから、この精霊の体を借りて貴方達に言の葉を伝えに来たの。“受け容れし者”が何故“彼の者”となって、封印されたのか。その経緯というものをね。』
「!何と!?大精霊殿は我らには伝えられていない“彼の者”の仔細を知っておられるのですか?」
『ええ、当然。“彼の者”の仔細を秘匿とするよう決めたのは“我ら”なのだから。』
「!?」
『・・・順を追い、要点のみを話しましょう。太古の昔、この世に今のような社会秩序のようなものができる前、“彼の者”は魔界に現れ、そこで十字架に磔にされたまま天界を追放され、“奈落”の底に頭から突き刺さっていたサタンを解放した。正確にはサタンが天界から堕ちてきた衝撃で出来たのが“奈落”だけれど。』
「!?“彼の者”がサタンを解放したのですか!?・・・しかし、天界で磔にされたという事は大天使様に磔にされたはずです!それをどうやって解いたというのです!?」
思わずミネルヴァが訊く。
『“受け容れし者”の力,でしょう。初めてサタンの前に現れた時から、“彼の者”は“受け容れし者”の力を平然と使いこなしていたと聞いたわ。』
フウに憑依している大精霊は和神の方を見る。
『恐らく、そこの彼よりも高いレベルでね。』
「大天使様の磔を解くようなレベルなんて・・・。いえ、問題はそのレベルよりもその行いそのものです。“彼の者”は当時から世界を危険に晒すような者だったと?」
「ちょっとぉ、ミーちゃん!サタン様いなかったらアタシもいないんだけどっ?」
ミネルヴァのあからさまなサタンを毛嫌いする反応にむくれるサラが文句を言う。
「あ・・・いえ、すいません、つい・・・。」
その様子を見て、大精霊は納得したように話を続ける。
『ああ、騒がしいと思ったら・・・貴女、サンクティタス王国のエルフね?貴女にとっては残念かも知れないけれど・・・“彼の者”に悪意はなかったはず。ただ彼が困っていたから助けてあげただけ。他意はない。あのコは困っている者を助けるのが好きだったから。だからそのまま“オリエンス王国”の建国も手伝った。そしてその後、“2羽の不死鳥”と知り合って、次元を超えて“妖界”へと至るわ。そこで戦乱の絶えなかった西洋を纏め上げ、平和の世を築こうとする若いエルフ族の騎士、ルクス・ゼウス・サンクティタスを手伝う事になる。』
「!!?」
ミネルヴァは絶句している。無理もない。ルクス・ゼウス・サンクティタス。それはサンクティタス王国の初代王であり、貴族院の初代院長の名である。
『察したようね、その通り。“彼の者”はサンクティタス王国の建国も手伝ったのよ。2羽の不死鳥は世俗とは干渉しないよう努めていたから携わっていないけれど。“彼の者”はオリエンス王国とサンクティタス王国、どちらの建国にも力を貸していた。』




