第29話:牢屋の中
「いけませんよ、護国院長。娘だからといって、これだけの騒ぎを起こした責を取らせないなど・・・。」
陰美の進言に、司守の間に集った陽子を慕う者たちが騒めく。
「しかしな陰美よ。護国院のこれまでとこれから双方を憂いてのことだ。」
「どんな事情があろうと、多くの兵が重軽傷を負い、護国院の守備を貶める行為をしたのは事実。何らかの処断がなければ、納得しない者も出るでしょう。陽子様への処断がそのまま今後の護国院の権威に関わると心得て下さい。」
護国院長は一理ある,と頷く。
「まったく、2人とも立派に育ったものだわ。」
護国院長の妻・陰代は我が子の成長に微笑んでいる。裁量に悩む護国院長。そこへ、1人の妖が駆けてきた。彼は、司守の間の光景に一度驚いたが、すぐに護国院長のもとへ向かい、耳打ちをした。それを聞いた護国院長は驚いた様子を見せ、急ぎ娘とその友人ら2名の処断を言い渡した。
「とりあえず牢へ。逃げはしまい?陽子よ。」
「は、はい。」
3人は護国隊長に連れられて牢屋へ行くことになった。3人が司守の間を出た後、司守の間から騒めきが聞こえた。
護国院地下の牢屋
3人は同じ牢に入れられた。和神が持っていた小銃を当然没収された。
「何だかんだでよかったですね。聞き入れてもらえましたし。」
和神が切り出す。
「牢屋に入れられて“よかった”か?」
狗美が切り返す。
「いえ、実際よかったと思います。下手をすれば処刑もあり得ましたから・・・。お2人とも、ありがとうございました!」
陽子は牢屋の薄汚い床に額を押し付けて感謝を示した。焦って頭を上げるように諭す2人。3人には安堵の笑みが零れていた。
「全く呑気なものです。」
そう言ったのは地上から続く階段を下りてきた陰美だった。
「あれだけの人心を掌握するとは我が姉ながら恐ろしい。」
「掌握なんてしてないよ。あれはホントにわたしも驚いたんだから。・・・それで?わざわざいびりに来たの?」
「私はそんなに暇じゃないです。これから3日後に備えて忙しくなります。」
「3日後?」
「ええ、貴族院の使いが訪問に来ます。」
“貴族院”が何なのか分からない和神と狗美はポカーンとしているが、陽子は少し焦っているように見えた。
「え!?だってあれは3ヶ月後のはずじゃ?」
「それも計算して貴女は今回の件を起こしたのでしょう?今回の件のほとぼりも3ヶ月も経てば落ち着くと考えて。」
「う、うん・・・。」
「しかし実際、貴族院はあと3ヶ月も待っていられない様です。それほど事態は切迫しているのでしょう。とにかく、そういうわけですので、貴女も3日後には牢屋から出て、貴族院の使いを面通しをして頂くのでそのつもりで。他のお2人も!そうなると思いますので、心の準備を。」
それだけ言うと陰美はツカツカと階段を上がっていった。
「貴族院って?」
和神が訊ねた。
「あ、はい。貴族院とは、欧州の妖界・西洋妖界の護国院のようなものです。といっても護国院は王朝の守護を主にしているのと違い、貴族院は上に“王族”がいるものの、これを守護するわけではなく、西洋妖界全体の政治的なことを行ったり、治安を維持したりするのが主な役割です。」
「その貴族院がどうして護国院に?」
「護国院と貴族院は協和条約を結んでいて、何かあった時は互いに協力し合うことになっています。そして、ここ2~30年ほど、西洋妖界は“魔界”と小競り合いをしているのです。」
「魔界って、あの魔界ですか?魔物とかがいる?」
「はい。恐らく流界に伝わる認識で良いと思います。元々貴族院と魔界とは仲が悪かったのですが、30年ほど前からどういうわけか西洋妖界に魔物が出るようになり、調べてみると小さな“魔界の門”が至る所で出現していることが分かり、貴族院は憤慨。魔界に遠征隊を送り、調査と妖界に出る魔界の門の排除を始めたのです。そして先日遠征部隊が何者かに襲撃を受けたことで、貴族院は完全に東部魔界オリエンス王国を敵と定め、戦争へと発展しそうになっているというわけです。」
「複雑だな。」
狗美がボソッと言った。
「そして、全面戦争に発展した場合に備えて、護国院の戦力を借りたいと申し出があり、3ヶ月後に視察団が来る予定だったわけです。それが何故か3日後に早まったというのは、何かあったのでしょうか。」
和神はまた妖界の新たな事件に巻き込まれようとしていた。この先に待つ、護国院、貴族院、魔界を取り巻く事件に。そして和神自身にも大きな変化が起ころうとしていた。
次回、新章『西洋妖界編』突入です。よろしくお願いします。




