第287話:行いの果て
妖界(?)のどこか・・・果てのない荒野
荒野でありながら霧が立ち込め、空は澱み、大気が重苦しく感じられる。妖はおろか、虫1匹、草木の1本も生えてはいない。そんな荒野をただ1台の牛車が進んでいる。牛車と言っても牽いているのは妖というより魔物に近い、禍々しい気を放ち、光る赤い目を持つ牛。その手綱を握っているのも、人の形こそしているものの、仮面を被った、妖か魔人か判別できない異様な存在である。荷台には、少しの荷物と男と布にくるまれた何かが入った大きな金属製の檻が1つ乗っている。
「ん・・・?」
檻に入れられている男が目を覚ました。ゆっくりと気怠そうに起き上がり、辺りをキョロキョロと見渡している。
「・・・ここは・・・?」
「オめザめカい?狼斗?」
仮面の御者が振り返らずに訊く。
「貴様誰だ・・・?部下は・・・というかここはどこだ!?」
「こコは“果テ”に向カう荒野。部下?部下?ケヘヘへヘへ!!」
御者が不気味な笑い声を出す。しかし、笑っているにも関わらず、御者の肩は全く揺れていない。
「何を笑ってやがる!?しかも何だ!?この檻は!?俺を檻に入れるとは馬鹿がッ!!俺は王狼院家の狼斗様だぞ!こんな事してタダで済むと思うなよ!!」
狼斗はいつもの調子で罵声を浴びせる。
「イい!イい!オ前の部下ノ言っタ通り。腐ッた奴!」
「誰が腐っただァ・・・?いや、待て。今部下の言った通りとか言ったか?」
「ソう。オ前、部下に売ラれタ。二束三文でナ。“果て”ニ向かウまデの餌ノ代金、浮いタ。お前ノ部下、優秀。」
「あいつら・・・許さねェ・・・!オイ!金は幾らでも出す、ここから出せ。いや、引き返せ!王狼街に向かうんだ!」
「ダめ、ダめ、ソんナ大声出しテたラ、起きチゃウよ。」
「ア?いいから早く・・・」
狼斗はそこまで言いかけて、背後に何かを感じた。バッと、振り返るが、そこには布にくるまれた何かしかない。だが間違いなく、その“布にくるまれた何か”から感じるものがあった。殺気でも視線でも妖気でもない何か・・・。
「起きチゃッた。」
御者が言う。
「は?何も・・・変わってねェじゃん・・・ッ!!」
狼斗は吐血した。
「グエェーーー!何だ!?何で・・・グ・・・グアアアアアアアアアア!!」
そして腹を抱えて悶えだす。
「ソれ、内臓カら食ベる。腐ッた奴ノ生きタ内臓、大好き。」
御者は振り返らない。狼斗がどんなに苦しもうと、檻越しに助けを求めても。御者にとってはただの“ソレ”の餌に過ぎないのだから。
牛車は進む。霧の中を、荒野の“果て”まで・・・。
妖界・王狼院の保管地
「和神はここで待っててくれ。」
肘の内側で鼻を覆いながら狗美が言う。
「でも・・・。」
「貴方に中を見せたくないのよ。解かるでしょ?」
ナナミも同様に鼻を覆いながら言う。“神狼院の隠し金庫”が入っている蔵からは、尋常じゃない異臭が漂っていた。それは、人並みの嗅覚しか持たない和神でさえむせ返るような激臭である。嗅覚が鋭敏な人狼種妖である2人には数十倍も数百倍も強烈に感じられている。そのため、和神は自分が蔵に入り、狗美の親の形見である“隠し金庫の鍵”を回収して来ようと提案したのだが、狗美は、蔵の中に広がっているであろう凄惨な光景を和神に見せまいと、自分で中に入ると言っているのである。
「元々私の“用事”なんだからな。ナナミも待っててくれていいぞ?」
「そうしたいけど、私は中の様子を見て、士狼さんたちに報告しないといけないから。」
「そうか。じゃあ2人で入るぞ。」
ギイイイ・・・。
鈍い音と共に蔵の扉が開かれた。開く前の数倍の悪臭が襲うが、狗美とナナミは耐えて中へと入って行った。案の定、中には凄惨な光景が広がっていた。狼斗が生きたまま焼いた、部下たちの焼死体である。蔵の構造上、内側からは開かない作りになっており、部下たちは皆扉の傍で息絶えていた。
「狼斗の仕業ね・・・。」
ナナミが推察する。
「・・・あの時殺しておいた方が良かったか?」
「さぁ?殺す事が一番の罰ではないから・・・。うっ・・・ごめん、早く用を済ませてくれる?」
「もう取ってきた。」
「ならそう言いなさいよ!早く出るわよ!」
2人は蔵を出て、急いで扉を閉め、保管地を後にした。
王狼街北の山間
「やっと臭いが薄くなったか・・・。」
3人は異臭が薄くなった所まで戻ってきた。
「お疲れ様、それで、形見はあったの?」
「ああ、これだ。」
狗美は和神に狼の牙を模した“鍵”を見せる。
「これが形見かぁ。」
「ああ・・・。」
「感傷に浸ってるところ悪いけど、他の“鍵”は滅豪隊の方で保管してもいいかしら?神狼院復興の象徴に使えるかも知れないから。」
狗美は頷き、ナナミに他の六つの“鍵”を渡した。
「あ、そうだ、ナナミさん!」
何か思い出したように和神がナナミに訊く。
「・・・なんでしょう?」
「あの王狼院の城、何か違和感があって・・・気になってまして・・・。」
「あぁ〜、それは多分、あの城が王狼院が建てたものではないから・・・でしょうか。神狼院が作った城を間借りらしく、王狼院の下僕たちには神狼院を潰した証、とか言ってましたが、実際は神狼院の技術が高過ぎて“壊せなかった”という噂が陰では囁かれてました。」
「あぁ、それでか。金狼を叩きつけたのに床が抜けなかったのは。」
狗美が納得したように言う。和神もスッキリしたように頷いた。
「・・・では、これにて。」
そう言って、ナナミは王狼街へ、和神と狗美は“とこしえ荘”へと帰路についた。
新年あけましておめでとうございます!今年も『異界嬢の救済』をよろしくお願いいたします。
そして、『復活の神狼院編』はここで完結となります。
次週は1回休載させて頂き、1月15日より新章開始とさせて頂きます。




