第28話:護国院の意思
護国院本殿に向かう狗美と狗美に担がれた和神と陽子の前に現れた2つの陰。その正体は陽子の幼馴染みであり、側近である珠と、陽子の座学担当講師・流乃であった。
「珠!流乃さん!通して下さい!」
猛進する3人と立ちはだかる2人が交錯しようという時、珠と流乃は道を開けた。
「!?」
左右に分かれた2人は黙って頭を下げている。2人の真意は判らなかったが、3人はとにかく本殿へと進入した。外での騒ぎで本殿内の警備は手薄になっており、数人の警備兵を倒すと、目の前に大きな門扉が見えた。
「あれです!あの奥が護国院の中枢・司守の間です!」
狗美は和神を下ろし、門扉を蹴破った。大きな音と共に開かれた門扉に司守の間にいた妖たちの視線は集まった。司守の間には数人の屈強そうな兵士と中央に座した厳かな雰囲気の男性がいるだけであった。
「お父様、お話があります。」
厳かな男性に陽子が言った。そう、あの厳かな男性こそが陽子の父であり護国院院長・護国院陽明であった。
「その話とは、この騒動と関係があるのか?陽子よ。」
「無論です。」
それを聞くと、院長は兵士たちに武器を下ろすよう促した。
「聞かせてもらおうか?」
陽子は袖から取り出した葉を宙へ抛った。するとその葉は“京都守護妖”制度の撤廃とそれに代わる制度の案が書かれた紙となり、院長のもとへと飛んで行った。
院長はそれに目を通し、ものの数秒で読み終えると、口を開いた。
「この案は素晴らしい。確かに理論的には可能な方法だ。だが、肝心なことが書かれておらんな。」
「そんなはずはないかと・・・。」
「いや、書かれておらん。」
すべて滞りなく書いたはずの意見書。どこにも穴はないはず・・・,と釈然としない顔をしている陽子に父は言う。
「このような騒動を起こすまで、そしてこのような案を生み出すまでに至った我が娘の感情が書かれておらぬと申しておる。」
「!」
護国院院長は知りたがっていた。事の顛末を。院長としてではなく、1人の父親として。
「わたしがこんな事を起こしたのは、あの許嫁の方がどうしても受け入れられなかったからです。“京都守護妖”になる九尾としての自らの運命を呪ったことはありません。あのお見合いの日までは。」
そこまで話すと、陽子は和神と狗美の方を一見し、再び父親に向き直った。
「それだけじゃありません。わたしは、もっと護国院の皆と共にいたいのです。珠や千明、千影、流乃さんはもちろん、五月雨先生やそちらにいらっしゃる護国隊長の天ヶ崎さん、陰陽隊長の難波さん…はちょっと苦手ですが、食事を作ってくれる楓さん、秋穂さん、椛さん、杏ちゃん、夕子ちゃん。見てるだけで癒される黄泉ちゃんや甲くん、浄くん、萌ちゃん。それから、京都守護妖の霊漸様、お父さま、お母さま。そして陰美…。名前を挙げればキリがありません。」
「待て、陽子。もしやお前・・・護国院に仕えているもの総ての名を・・・?」
「無論、把握しております。好きな物も一緒に。みんなはわたしの事をどう思っているか分かりません、でも、わたしはみんなが・・・だいすきです!」
陽子の目にはうっすらと潤んでいた。しばらく沈黙が続き、どこからともなく聞こえてきた声によってそれは破られた。
「わたくしもです・・・。」
「私も・・・。」
「僭越ながら・・・。」
門の外にいた珠と流乃、近くにいた護国隊員数名、他にも司守の間に通じる3つの門全てから護国院に仕える者たちが次々に司守の間に入ってきた。それは陽子が名を挙げた者に限らないどころか、鳥や小動物までもが護国院の敷地内のありとあらゆる場所から集まってきている様であった。
「これは・・・!?」
院長の隣にいた屈強な護国隊長・天ヶ崎はただたじろいでいる。院長はその光景を静かに見て言う。
「どうやら皆、司守の間の近くで聞き耳を立てていたようだな。」
司守の間に所狭しと集まってきた者たちは一斉に跪き、頭を下げた。そして、代表として珠が進言した。
「陽子様は、我々に必要以上の敬意を以って接してくださいます。我らの名も誕生日も趣味嗜好も熟知してらっしゃる。こんなに素晴らしき方を一所に幽閉するなど、こんなにも善きお方の未来を奪うなど許されましょうか!!どうか!お願い申し上げます!!どうか、陽子様を“京都守護妖”にしないで頂きたく!陽子様の進言された“京都守護妖”に代わる方法が可能ならば、その方法を承認して頂きたい!!」
「承認せなんだ時は・・・職を辞する、いや、謀反を起こしかねん気迫を全員から感じるな。」
その威圧感は護国院が擁するどんな部隊よりも大きく、どんな聖人君子より優しかった。本来、こういったことを制する筈の護国隊員もが渦中におり、陽子を大切に思う気持ちは皆と同じである護国隊長には迷いが生じ、何も出来ずにいる。
「あなた・・・?」
それは陽子の母・護国院陰代の声であった。
「陰代・・・。」
「あなた、これが私たちの娘の能力のようです。“京都守護妖”にしておくには勿体ない才能ではないかしら?それに、あの許嫁は、あまりに酷かったわ。」
陰代はくすっと笑いながら言った。
「ふむ・・・。それにこの人数・・・承認しなければ護国院は機能しなくなるだろうな。いわばこの進言は”護国院の意思”と言えるわけだな。ならば・・・。」
「いけません、甘やかしては。」
割り込んだ声。その主は、陰美であった。




