第277話:天守と大広間
「狗美!金狼をやって!」
状況が飲み込めない中、そんな声が響いた。ナナミの声であった。狗美は何も考えず、その声に従う。攻撃の対象として名指しされた金剛玖拾陸號もまた臨戦態勢に入るべく、半妖態に変異を始めるが、それよりも早く狗美の足が顔面を蹴り抜いた。
「ガッフッ!」
(何て威力してやがる・・・!?犬神とはいえ、これが女の蹴り・・・)
そんな事に頭が回っている間に2発目、回転かかと落としが顔面中央にクリーンヒットし、金剛玖拾陸號は床に叩きつけられ、床板にめり込み、半妖態になりかけた状態で気絶した。
狗美の1発目と2発目の間に、白銀漆拾伍號が事態の深刻さを理解し、腰に下げた妖銃に手をかけていた。だが、これにはナナミが対処する。狗美に指示を出した時点でこうなる事は分かっていた。それ故に、白銀漆拾伍號が銃を抜くよりも早く、ナナミは銃を構え、発砲できたのである。
ドドンッ!
ナナミの放った2発の銃弾が両目から脳までを撃ち抜いた。白銀漆拾伍號は力無く後方に倒れた。
「・・・・・。」
あまりの急な展開に、暫し沈黙する2人。先に口を開いたのは狗美であった。
「・・・何をしたんだ?ナナミ。」
「誓いの口づけを手に・・・ってフリして、狼真の指から指輪を取っただけよ。」
そう言って狗美の前に出したナナミの指には先程まで狼真の指にあった“無瑕玉の指輪”が付けられていた。
「!」
「この指輪がある事は知ってたのよ。狼人の所にいた時に何度か話に聞いてたから。でも実際使ってる所を見た事がなくてね。しかも狼真は指全部に指輪してるから・・・。」
そこまで話してナナミは椅子で気絶している狼真に近付き、指輪を全て取り始める。
「どれがその・・・“無瑕玉の指輪”か分からなかった。“目の前で使ってもらわないと”ね。」
「私が狼真を攻撃するのを待ってたのか。」
「そ。遅かれ早かれアンタは狼真を攻撃するって思ったから、私は王狼院に寝返ったフリをして狼真らの警戒から外れたの。自分たちに忠誠を誓うのが当然だと思ってる連中だから、簡単に私の事は忘れてたでしょ?で、アンタは思った通り狼真に攻撃を仕掛けた。」
「・・・私が裏切ったお前を襲うとは思わなかったのか?」
ナナミは指輪を外す手を止め、狗美に視線を向ける。
「私を襲おうと思った?」
「いや・・・。」
「でしょ?」
ナナミは再び手元に視線を戻した。
「正直、指輪を外した時にアンタが攻撃しようとしていた時の勢いまでそのまんま動き出したのには驚いたけど、お陰で上手くいった。」
狼真の指から全ての指輪を回収し終えたナナミはその指輪を懐にしまい、代わりに巻物を取り出し、その場に広げた。ナナミが両手を合わせた後、巻物に両手を置くと、ポンッ!という音と共に縄が飛び出してきた。
「ほら狗美、突っ立ってないで狼真椅子に縛るよ。」
「あ、ああ。」
2人は気絶した狼真を椅子にグルグルと縛り付けていく・・・。
王狼城1階・大広間
「ったく・・・何だってんだ・・・!」
そう言って自分の上に乗った気絶した警備隊員をどかして立ち上がったのは、浪人風の着物を着て、長い髪を後ろで縛っている、2人の用心棒の内の1人、雷蛇であった。見渡す限り横たわる警備隊と所々に燻る白い炎に、雷蛇は何が起こったか思い出す。
「あのデカい男が警備隊の真ん中で自爆しやがったんだったか?敵は2人・・・って事は・・・。」
「お、流石は用心棒って所か。まだ元気そうだな。」
声の方を見ると、侵入者の1人・士狼が立っていた。
「お仲間は自爆した様だが?」
雷蛇が嘲るように言う。
「ああ、まあ、作戦の内さ。」
「惨い奴だぜ。」
横たわる警備隊員の1山がドサドサと崩れ、そこからもう1人の用心棒、風蛇が立ち上がった。それを見て雷蛇はニヤリと笑い舌なめずりをする。
「2対1のようだなァ?」




