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異界嬢の救済  作者: 常盤終阿
第6章:復活の神狼院 編
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第272話:右腕

近付いてきた集団は言わずもがな、狼人ろうどとその護衛部隊であった。

「ひっく。オイオイ、どーなってんだ、阿狼あろう?なんで王狼街の、それも居住地の真ん前に俺の嫁がいるんだ?幻かぁ?」

狼人の側近・阿狼は、やはり脱走していたのだということを即座に理解し、次の行動に思考を走らせていた。

「オイ!シカトこいてんじゃねェぞ、テメェ!・・・ひっく。前の側近みてェになりたくなけりゃあなァ!」

だいぶ酔って、しゃっくりをしている狼人は阿狼の胸倉を掴み、怒号を浴びせる。

「ッ!ご覧の通りです、狼人様!犬神の女は脱走したのです!いえ、狼人様がお飲みになられる前には既に脱走していたものと思われます!」

「テメェ~、それを知ってて俺に酒ェ、飲ませてたってか!?フザケんじゃねェゾ!!」

無論、居酒屋に行くと言い出したのは狼人である。阿狼は牢獄で何か問題が生じている可能性を訴えていたが、聞き入れなかったのも狼人であり、滅豪隊によって街が騒ぎになっても飲み続けようとしていたのも狼人であった。阿狼は居酒屋に居座ろうとする狼人をどうにか説得してここまで連れてきたのである。しかし、今、阿狼はその判断を後悔していた。何故なら、連れ出して来てしまったがために脱走した狗美と鉢合わせしてしまったのだから。そして、酔っ払い、怒り狂い、よたつく狼人に銃口を付きつけられているのだから。

阿狼に非はない。それは護衛部隊の全員が理解していた。否、今まで狼人の側近となった者で非のあった者などいなかっただろう。前の側近・狗旺くおうなど“神狼院の隠し金庫の中身が住民帳だった”という“罪”で焼き殺された。だが、狼人に異を唱える者はいなかった。また優秀な護衛部隊員が1人いなくなる。隊員たちはその光景をただ眺めているだけであった。

「おい、狼人。」

そんな口を利く護衛部隊員はいない。声の主は狗美であった。事もなげに歩いて狼人たちの方へと近付く。

「あン?おいおいダメだろ~?ひっく。嫁が旦那にそんな口利いちゃ~?」

バン!

狼人は狗美のすねを狙って発砲したが、狗美はスッと後ろにかかとを上げて弾を避ける。

「おっと、酔っ払って狙いがずれたか・・・ひっく。」

「1つだけ聞かせろ。狼煙屋狛江、私が入れられた牢獄に一緒に捕らえられていた老婆の腕を切り落としたのはお前か?」

「ひっく・・・牢獄の老婆ぁ?・・・あぁ~、あの何も喋んねェババアかぁ~?・・・ハハッ!ああ、そうだそうだ!俺様が訊いてんのに何も喋んねェでシカトしやがるから、腕ぶった切ってやったんだぁ~ハハハ!そう、ちょうど今の阿狼コイツみてェにシカトしやがったんだ!」

そう言うと思い出したように阿狼の方に銃口を向ける。

ザシュッ!

銃を持っていた狼人の右腕が宙を舞っていた。

「え・・・?」

状況を飲み込めない狼人だが、否が応にも飲み込まざるを得ない現実げきつうが押し寄せ、腕が刎ねられたという状況げんじつを理解する事となった。同時に、一気に現実しらふへと引き戻され、突然目の前に絶望を付きつけられていた。

「い・・・ギャアアアアアアアアアアアアア!!腕、腕がァァァ!!テメェ!!何・・・クソがァァァ!!」

「少しは分かったか?今、お前が私に持ってる感情の何千倍もの物を、お前に虐げられてきた妖たちは持ってる。」

「フザケ・・・フザケんな!俺様は王狼院だぞ!王狼院狼人なんだぞ!!こんな事してタダで済むと思ってン・・・」

ズガン!!

狗美は狼人顔面を掴み、そのまま後頭部から地面に叩きつけた。頭部が潰れないよう、死なないように加減をして。

「私達はこれから王狼院を潰しに行く。」

「!?」

護衛部隊員たちが騒然とする。

「それが成功しても失敗に終わっても、今この街で起きた事は全部私達のやった事にできる。」

狗美はスッと立ち上がる。

「・・・コイツをどうするかはお前たちに任せる。」

護衛部隊員たちにそう言うと、狗美は姿を消し、瞬時に居住地の門の前へと戻った。

残された護衛部隊員たちは、右腕から出血を続けながら力なく倒れている主を見下ろしていた。

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