第267話:遺志と意志
「美縫・・・母親を・・・自分で埋葬したんだよな?」
「!・・・はい。」
自分の母親を自分で埋葬した,という衝撃的な話に、和神は内心驚きつつも2人の話を遮ることなく黙って耳を傾けていた。
「それが両親の願いだったので。」
「・・・だろうな。うち爺さんが死んだ時、そうだった。もっとも、うちは親父もお袋も健在だが・・・。」
士狼は進行方向へ視線を向け直す。
「・・・“今になったから”全部わかる。恐らく仁狗朗が神狼院の血筋だったんだろう。俺とあいつは親友と言っていいくらいには親しかったつもりだが、俺はあいつの家を知らなかった。俺もあいつに家を教えてなかった。それは神狼院の血筋の妖がその血筋を隠すためによく取る手段だ。家の中ってのはどうしても何かの痕跡が出ちまうもんだってのと、幾ら薄くなって、奥底に秘められた神狼院の血でも、家族が一所に集まるとその気配が濃くなってバレやすくなるって事が理由らしい。
そういうわけで神狼院の血筋の妖は自分の家をまず隠す。だから俺を始めとして誰も仁狗朗の家を知らなかったんだ。仁狗朗が死んだ時も、その遺体は美縫が引き取って家族だけで埋葬したと聞いた。」
「はい、母と2人で。・・・母も同じように父と同じ場所に埋葬しました。」
「ああ、葬式ってのは必然的に家族が集まるから、神狼院の家系から死人が出た場合は家族だけで弔う。・・・それと“死は隙也”って爺さんがよく言ってたな。死んだら隠すことも出来ない・・・遺体から神狼院の事を悟られる可能性を無くすんだって。・・・だから俺たちは美縫が死んだって事を美縫自身が生前書いた手紙で知った・・・。葬儀は親族のみで執り行いますってな。俺たちはその時、仁狗朗の家族構成もよく知らなかったから、てっきり爺ちゃんや親戚がいるもんだと思ってたが、美縫が死んだ少し後から“大犬様の祟り”が起こり始めて、それが狗美ちゃんじゃないかってなって初めて、狗美ちゃんが1人で母親の埋葬をしたのかも知れないって分かった。他に親族がいれば暴走なんてさせないはずだからな。」
そこまで話して、士狼は改めて謝った。
「すまなかった。神狼院の血筋を隠すためとはいえ、一番つらい時に何も出来なくて!なのに、今、王狼院との戦いに手を貸してもらって・・・!全く情けねぇ話だ!すまん!」
「いえ、気にしないで下さい。私は・・・。」
狗美は自分が生まれた意味、自分が成すべき事が如実に解っていた。悟っていた,と言ってもいいかも知れない。
「私は、王狼院の横暴を止めます。他の豪族の暴挙も。」
滅豪隊に力を貸す,という感覚が狗美にはなかった。滅豪隊のためではないのだ。だが、狗美の中には王狼院を始めとする豪族どもと対峙する理由が幾らでもあった。
両親の死に起因している事、ナナミたち“寵花”への暴虐、かつて生きていた神狼院の妖たちの遺志とその遺志を伝えるために現代まで呪われて生き続けた狼煙屋狛江の姿、陽子に不快と不安を与えた大福家、それに自分の身の安寧。そして、王狼院が自分を狙って来なければ、和神を妖界へ巻き込む事はなく、人間として一生を全うできたかも知れないという、和神の人生を崩すきっかけとなった事。その全てが狗美が王狼院と戦う動機足り得るものであった。
「何年前か分からないけど、あの日始まった王狼院の勝手を終わらせる。和神には・・・関係ないかも知れないけど、一緒に戦ってくれるのは、嬉しいよ。」
急に話を振られたが、和神は困惑することなく答える。
「今更、関係ない事ないよ。狗美が関わってるんだから。」
「フッ・・・そうか。」
「・・・話は済んだ?」
先行しているナナミが報せる。
「長々話してる間に、もう着くよ。」
いよいよ、決戦の時である。




