第260話:理解できないということ
白銀捌拾弐號は反撃の意思を失い、呆然と立ち尽くしていた。地脈の力によって桁外れの知力を得た彼の頭に“現状を打破できない”という答えが既に弾き出されていたからである。この答えが確定したのは神狼院の隠し金庫の中身が名簿だったという報告を受けた瞬間であったが、それよりもずっと前に答えは見えていた,と白銀捌拾弐號は回顧する。
(そうだ・・・俺ァ、もっと前から気付いてたんだ。占い師じゃねェから、この状況を予見してたってわけじゃねェ。ただ、気付いてたんだ。地脈の力を受けて銀狼になって、同じ銀狼の奴らと共同で色んな武具やら薬やらを開発した。望んだ結果が次々に現実に出来る、王狼院は最強だって思った。だがよぉ、神狼院が作ったっつー、あの“隠し金庫”と“牢獄の檻”。あの合金は幾ら考えてもよぉ、作れなかったんだよなァ・・・!作れなくていい、破壊できりゃあ!って言われてよォ、それも出来ねェ!そんで必死に神狼院について調べて、奴らの事を知れば知るほどよォ・・・思っちまったんだよなァ・・・。ハンパねェってよぉ・・・。急に現れて一国築いて、領地広げて国民に愛された・・・圧倒的な力を持ってたハズなのに力で支配しなかった・・・。地脈の力を受けて銀狼になってから初めて理解できねェモンだった。
色んなモンを作る、色んな作戦を立てる内に俺ァ知った。物を作れるのはその物を理解してるからだ、作戦立てて相手を翻弄したりぶっ倒したりできんのは相手を理解してるからだって事を。だからこそ行き着いちまったんだよなァ・・・。神狼院には勝てねェんじゃねえかって・・・。でもよ、んなコト言ったらソッコーで処刑だ。だから俺は目をつぶることにしたんだ。その答えに。でもよ、その答えは無理矢理目をこじ開けてきやがった。“隠し金庫の中身が国民の名簿”・・・!俺たち銀狼は隠し金庫の中身を予測してた。王狼院家の長からの命令で。そんで頭捻って出した答えが“あの合金を使った兵器の類かその製法なんかを記した術書の類”だった。“名簿”なんて仮説はただの1つも、銀狼の誰もが出さなかった。そうだ、それはつまり、銀狼が束になっても神狼院の連中を理解することは出来ねェって事だ。んで理解できねェって事は、勝てねェって事だ。)
「なァ、1つ訊いていいか?奥方・・・いや、犬神の女。」
立ち尽くしていた白銀捌拾弐號は狗美に問うた。
「何だ?」
「アンタは隠し金庫の中身が名簿だって知ってる様だった。アンタもしかしてよ・・・神狼院の生き残りなんじゃねェのか?」
「!!」
白銀捌拾弐號の問いに、周りの金狼や銀狼たちがどよめく。
「隠し金庫の中身を知ってたのは牢で狼煙屋狛江っていう神狼院家に仕えてたお婆さんに聴いたからだ。だが、私自身、神狼院の血を引いているらしい。私も遂さっき知った事だがな。」
「!!!」
金狼・銀狼たちが更にどよめく。
「やっぱり・・・な。」
白銀捌拾弐號はその場に座り込み、うなだれた。
「やっぱよぉ・・・!神狼院にゃあ、勝てねェんだよなァ・・・!」
「貴様!白銀捌拾弐號!!それは敗北を認めると言っているのか!それも神狼院への敗北を!!」
金剛壱百弐拾参號が怒り混じりに問うた。
「金剛壱百弐拾参號・・・俺たちは・・・王狼院は、神狼院に滅ぼされるぞ。これはそういう運命だ。王狼院には及びもつかない力と技術と思考を持った狼が今、牙を剥いてきたんだ・・・!」
バババババババババァン!!
その瞬間、森に無数の銃声が鳴り響いた。




