第258話:神狼院の犬神
金剛壱百弐拾参號の眼前にいたはずの狗美は一刹那の瞬間に20mは離れているであろう和神の傍らに移動していた。金剛壱百弐拾参號は先刻、狗美と対峙した時から半妖態を解いていなかった。だというのに、“それ”を許してしまった。許したどころか、視認することすら出来てはいなかった。
「何だ・・・今のは・・・?」
壱百弐拾参號だけではない、その場にいた金狼全員が動揺を露わにしていた。そして一斉に全員が半妖態となり、臨戦態勢を取った。
「金剛包囲網壱式だ!相手は犬神なのだ、抜かるな!」
金剛壱百弐拾参號の号令で金狼たちが狗美と和神を瞬時に取り囲んだ。
「和神、大丈夫か?少し移動するぞ。」
痺れている和神は応答できなかったが、辛うじて頷いて見せた。
「よし。」
「!!?」
取り囲んだ金狼たちの目の前から狗美と和神は消え、狗美の家に移動していた。
「馬鹿な!?」
「金剛包囲網壱式を抜けるなど有り得ない!」
口々に動揺の言葉を漏らす金狼たち。金剛壱百弐拾参號もまた動揺を隠せなかった。心酔する王狼院から偉大かつ絶対の“地脈の力”を賜った“金狼”という至高の存在であるという今日までの自身と誇りが、より動揺を強くしていた。
「銀狼部隊、何をしている!不死鳥の野郎を再び家ごと封印しちまうんだ!」
白銀捌拾弐號が銀狼たちに怒号を発する。銀狼たちは家を取り囲むように陣形を組む。
「和神、痺れが取れるまでここで動くなよ?」
「ご・・・めん・・・。」
「何を・・・。巻き込んだのは私だ。初めて会った時からずっとな・・・。」
そう言うと狗美は立ち上がり、壊れた家の壁から外へと出ていく。その時、和神は初めて、狗美の腰から尾が出ていることに気が付いた。
「奥方が出て来たぞ!今だ、やれェ!!」
ドドドッ!
家を取り囲み、不死鳥を封印するための印を結んでいた銀狼たち3名がほぼ同時に宙を舞った。
「なッ・・・!?」
「犬神の力が制御できて、ちゃんと使えてる感覚がある・・・。意識も・・・。これが、本当の狗美ってやつなのか・・・。」
狗美は家から1歩踏み出したところから動いていないように見えた。だが、その間に銀狼3名を殴り飛ばしていたのである。
「お、おい!金剛壱百弐拾参號!奥方はおめェの方の担当だろ!?何とかしろ!」
「解っている!金狼部隊、一斉にかかれ!数で捕らえるのだ!!」
命を受けた金狼たちが一斉に狗美に向かって襲い掛かる。地脈の力を帯びた金狼は力・耐久性・敏捷性、どれもが化け物じみたものであることは狗美も知るところである。しかし、神狼院の力とやらに目覚め、犬神の力を十全に扱え、半妖態となった狗美にとって、それは脅威ではなくなっていた。
1体目の金狼の頬を裏拳で“小突き”、2体目の顎に肘打ち、跳んできている3体目の下顎を蹴り上げ、その勢いを利用して4体目の頭に踵落としを食らわせ、5体目にすれ違いざまに顔面へストレートパンチを浴びせた。狗美は、これを1秒の間に成し遂げた。周囲には狗美が襲い掛かる金狼たちの背後に一瞬で移動しただけのように見えた。それだけでも驚異的な出来事ではあるが、5体の金狼が同時に吹き飛び、地に伏し、宙を舞うという更に驚異的な出来事が起き、金狼部隊も銀狼部隊も、そして周囲を包囲している王狼院の使いたちもパニック寸前の状態に陥っていた。
「なんなのだ・・・!何だというのだ!先刻相対した時はあんな力は無かったぞ!」
「ふ・・・不死鳥だ!野郎が何かしたんだ!文献に載ってない能力を使って・・・!」
各部隊の隊長たる金剛壱百弐拾参號と白銀捌拾弐號も冷静ではなくなっていた。
ビイイイイイ!ビイイイイイ!
白銀捌拾弐號の懐から機械音が成り出す。
「!ろ、狼人様の側近からだ!」
「!そ、そうかぁ、“神狼院の隠し金庫”をお開けになられたのだな!フフフフ!残念だったな、奥方よ!神狼院の秘伝は我らが得た!!」
その言葉に、王狼院の手の者たち全員が僅かながら冷静さを取り戻し、希望を抱いたのだった。




