第256話:狗美と狗美
真っ暗な空間。狗美はそこで目を覚ました。真っ暗でありながら、自身の姿はしっかり視認出来る、不可思議な空間。
「・・・和神・・・?」
直前に和神と再会した事は確かに覚えていた。立ち上がり、辺りを見渡すが何もない。真っ暗、真っ黒である。和神どころか家も森もなければ大地や空すらもなく、音や匂いも自分の発するものだけ。だが、狗美はやけに冷静であった。
「どこだ・・・?」
その問いに答える声があった。
「ここはお前の中だ。」
その声に振り返り、声の主に狗美は目を疑った。そこには、狗美が立っていたのである。
「お前は・・・?」
「見ればわかるだろ?私はお前、“狗美”だ。」
「・・・姿を変化させる妖か・・・?」
「違う。私はお前の中に“隠れていたお前の部分”だ。お前が死んだことでこうして出てくることが出来たんだ。」
「!?死んだ?私が・・・?」
「ああ・・・いや、仮死状態ってやつかも知れない。奴らは狗美を殺さないはずだからな。あの銀狼とかいう奴らの矢の毒、あれのせいだ。」
「仮死状態・・・じゃあ、ここは・・・?いや、あれからどれだけの時間が経った!?」
「時間は経ってない。今も狗美は仮死状態のまま、恐らく和神の傍で倒れている。ここは“狗美の精神の中”なんだ。お前は今、精神の中で“今までの狗美”と“今まで自分の精神の奥底に封じていた狗美”が会話しているんだ。」
理解が追い付かず、困惑する“今までの狗美”。
「今の状態を理解する必要はない。ただ、この後、狗美が目覚めた時、狗美は狗美に目覚めることになる。」
「??」
「お前の中に封じられていた、“神狼院の部分”にな。」
「!!」
「狼煙屋狛江から聞いただろ?狗美は“神狼院の血を引く犬神”だって。でも狗美は今まで犬神としての力しか使ってこなかった。しかもそれも使いこなせずにいた。」
「・・・ッ!」
痛いところを突かれ、悔しい顔をする。
「悔しがる事はない、それは当然のことだったんだ。何せ狗美は狗美の力の半分を封じたまま生きていたんだからな。」
「力の半分を封じた・・・?」
「神狼院の血を引き、犬神でもある狗美の中にある神狼院の部分を封じる、という事は狗美自身の持つ全能力の半分を封じるという事と同じだったという事だ。
今まで強敵と対峙する毎に強くなっていっている自覚くらいはあったんじゃないか?もちろん戦闘経験を得るという意味での成長はあっただろうが、妖力や反射などの身体的な面においては成長していってたわけじゃなく、狗美の中にある本来の力が少しずつ開放されていってたんだ。五月雨最上と対した時が最初だったか?本当は狼煙屋狛江の“天命狼煙”を見た時点で完全に目覚めるかとも思ったが、そう簡単には行かなかったな・・・。」
確かに自分が強くなっていっている自覚は少しはあった。破滅の不死鳥と戦った時など特に成長を実感していた。それが神狼院の力だったと言われれば、得心が行く部分もある。しかし、それ以上に引っかかる部分があった。
「私の中にある神狼院の部分が封じられていたと言ったな?それは誰かに封じられたって事か?」
「誰か、じゃない。自分自身で、いや、生まれつき封じられていたんだ。理由は私も知らない。だが、今、狗美の表層を占めていた精神が死んだことで、奥底に封じられていた狗美が出てくることが出来た。あとは狗美が目覚めるだけだ。狗美が目覚める時、お前と私は1つになって、狗美は“神狼院の犬神”として、覚醒する事になる。それがどんな力になるのかは分からないが、きっと和神もナナミも、救いたいと思う、人も妖も救えるようになれる・・・はずだ。」
「はず・・・か。・・・でも、今すぐ目覚める方法がわからない。どうすれば・・・」
その時、真っ暗で真っ黒な空間の天を何かが揺らした。まるで水滴が水面に落ちた時の波紋のように。
「?」
「・・・フッ。どうやら、目覚められそうだ。」
その波紋は2度3度と空間の天を揺らし、次第にその波紋から光が射し込んでくるようになる。
「これは・・・?」
「ありがとう。」
「?ん?」
「あいつに愛されてくれて、ありがとう。」
「え・・・?」
空間は光に包まれ、視界が真っ白になった。優しく温かい白に。




