第254話:銀狼
狗美が牢獄の反対側まで投げられると同時に立ち昇り続けていた“天命狼煙”が収束し、立ち消えた。恐らく、狼煙屋狛江の命が燃え尽きたのだろう。
「おや、あの目障りな光の柱は消えたか。結局何だったのだ・・・?まあいい、それより・・・。」
金剛壱百弐拾参號はドンッ,と地面を蹴ると、牢獄の上を跳び越える。
「将来の奥方ご無事ですか~?」
気の抜けた呼びかけをしたその瞬間であった。金剛壱百弐拾参號が着地する前、地上約5mほどの位置で狗美が超高速で接近して胸部にドロップキックを食らわせた。地に足が着いた状態ではビクともしない金剛壱百弐拾参號も、空中での予想していなかった反撃には踏ん張りようもなく蹴り飛ばされて牢獄の外壁を突き破り、“天命狼煙”によって開けられた地下へと通じる穴に落下していった。
「ふぅ。」
狗美はひとつ息を吐くと、一跳びで牢獄を跳び越えて七美のもとへ向かう。だが、そこには既に七美の姿はなかった。死体もなく、殺害されたような痕跡もないことから、七美は自力で逃げたのだろう,と推測し、狗美もその場を後にした。
数秒後。
牢獄から金剛壱百弐拾参號が飛び出してきた。
「フゥ、全く手のかかる奥方だ。」
そう言いながら、腰に付けている袋から通信機を取り出す。
「白銀捌拾弐號、包囲網は展開しているな?」
「あァ、無論なァ。だが、お前さん、将来の奥方様にここの位置を教えたのか?」
「いいや?何故?」
「奴さん、南西へ直進中。不死鳥を封じた場所、つまり奴さんの自宅のある方角へ直進してんだよなァ。」
「!」
直観でしかなかった。狗美は結局誰からも牢獄のある位置も、自宅の方角も聞き出せなかった。ただ、何となく、その方角へと突き進んでいた。それはまるで、王狼院の追手から逃げ、初めて“とこしえ荘”にやって来た、あの日のようだった。闇雲に、それでいて導かれるように、狗美は森の中の木々の上を跳んでゆく。
キュド!!
一矢が飛来し、咄嗟に避けた狗美の腕を掠める。矢が飛んできた方を見やると、銀色のオーラを放つ、銀色の和風の甲冑を着込んだ半妖態の人狼が50m以上先に見えた。
「あんな所から・・・。」
狗美は深い森の中で50mも離れた位置から矢を当ててきた事には驚きつつも、まだ50mも距離のある追手には構わず、先を急ぐことにした。が・・・。
バキバキッ、ドサッ!
狗美は枝から足を滑らせ茂みへと落下してしまう。
「!?・・・私は、何をしてる・・・!」
普段ならば絶対にしないミスに自分自身に腹を立てる狗美。再び枝の上へ跳び上がるが、届かずに地面へと着地してしまう。
「!?」
そこで漸く、狗美は自分の体の異変に気付いた。
(脚に力が入らない・・・?脚だけじゃない、全身に?)
左上腕に付いた傷に目が行く。
「あの矢か・・・。」
「その通り!明朗ですねェ、未来の奥方。それは“地脈の力”により“智”を覚醒させし“銀狼”が生み出したる特製の毒!強大な妖でも少量取り込んだだけで全身の力が抜け、意識が混濁し、妖力の生成が出来なくなってゆき、やがて・・・。」
そこまでで既に狗美の耳に言葉は届いていなかった。視界がぼやけ、全身から力も妖力も抜けていくような感覚に襲われていた。
「素晴らしい、白銀捌拾弐號。」
金剛壱百弐拾参號が合流してきた。他にも、周辺を包囲していたと思われる“銀狼”たちが数人集まっていた。
「さて、狼人様のもとへお連れしようか・・・。」
金剛壱百弐拾参號が狗美の腕を掴もうとしたその時、狗美から莫大な妖力が放たれ、巨大な尾が金剛壱百弐拾参號を弾き飛ばした。
「これは・・・妖化!?」
「これが、犬神本来の姿・・・!」




