第250話:ひとり
短刀を構えた七美は腰を低く落とし、脚に力と妖力を込め、狗美に向かって飛び掛かった。その瞬間、狗美は既に七美の懐へと潜り込んでいた。
「・・・えっ・・・。」
七美が気付いた時には狗美の肘鉄が腹部に打ち込まれていた。自分で狗美へと飛び掛かった勢いも相まって、その一撃は重く、七美は一瞬呼吸が出来なくなり、そのまま吹き飛ばされ、大木に打ち付けられた。
「かはッ・・・!」
七美は膝を折ってその場に倒れ込んだ。
「う・・・うぅ・・・。」
腹部の重い痛みで小さく震えている七美に狗美がゆっくりと歩み寄る。
「ナナミ、お前では私は止められないよ。」
「・・・るさい・・・。」
腹を抑えながら、再び短刀を構え、震える脚で立ち上がる。そして狗美に向かって駆け出す。しかし、自分が走る衝撃だけで腹部の痛みは限界を迎え、倒れてしまう。倒れた地面の土を握りながらクソ、クソッ・・・!,と吐き出す。そんな七美の藍色の髪を狗美はそっと撫でる。
「!!さ・・・わるな・・・ッ!」
涙を浮かべながら拒絶の言葉を吐くが、狗美は構わず優しく撫で続ける。
「私は、お前を恨んではいないよ?ナナミ。」
「!!?」
「ナナミが私と別れてから、どんな生き方をしてきたのか、牢で私に話した事から、想像した。想像しか、出来ないが・・・私の心中にある感情は、ナナミへの恨みじゃなくて、後悔だった。」
「アンタが、何を後悔するっての!?」
「あの日、ナナミの事を助けられていたら,って後悔だ。大犬市場で、ナナミの事情に気付いて、助けられていたらって・・・。」
「・・・!」
「・・・ナナミと別れてから、私はずっと1人だった。大犬市場にたまに行くにしても、他人と深く関わらないように、特に男には注意するように、両親から言われていたからな。でも、私は、お前が羨んだ通り、“独り”ではなかったのかも知れない。短かったが、両親との想い出が、いつも傍にあったのかも知れない。」
「ッ・・・!そうだ狗美、アンタはッ・・・!」
「ナナミは、独りだったんじゃないか?」
狗美へ吐こうとしていた言葉が、狗美の言葉で真っ白になった。
「ナナミ・・・私と一緒に来ないか?和神・・・あの不死鳥を継いだ男も事情を話せば許してくれる。」
幼い頃の友情を利用し、裏切り、牢にぶち込み、大切な男を封印した自分に共に行こうと投げかけてくる。七美には、もはや狗美の思考が理解できなかった。そして理解できないほどに穢れてしまった自分を卑下し、理解できないほど先にいるように思える狗美にまた嫉妬を重ね、嫉妬を重ねる自分をまた卑下した。
「・・・狗美・・・アタシは・・・。」
ザンッ!
七美が言葉を絞り出そうとし始めた時、狗美の背後10m程の場所に黒いフードの男が降り立ち、周囲を見渡す。
「おや、流石は狼斗様の正妻となられるお方、衛兵や下僕どもは一捻りですか。」
見渡していた視線を七美に向け、見下す。
「無様だな、所詮は寵花か。だが未来の奥方を留めていた事は評価しよう。」
その言葉に狗美は鋭い視線を男に向ける。
「お前は誰だ?」
「おっとこれは失礼。自己紹介がまだでしたね。」
フードを取った男はスキンヘッドで、眉間に『123』の数字、それに顔には金色の呪印のような紋様があった。
「私は狼斗様の使い。名を金剛壱百弐拾参號と申します。」




