第249話:ナナミ
「ウアアアーーー!!」
ナナミの部下であるスーツの男が妖力を弾丸とする拳銃を乱射するが、狗美はこれを軽々と躱しつつ接近し、拳銃を蹴り飛ばす。この男が最後の1人であった。他のナナミの部下たちは既に木にもたれかかったり地に伏したり茂みに倒れこんだりして気絶している。以前のような犬神の力の暴走による惨劇は起こらなかったが、ナナミの部下たちにとっては十分惨劇と呼べる状況ではあった。
拳銃を蹴り飛ばされて怖気づいた男は妖化させた獣のような右腕で狗美を切り裂かんとするが、これも易々と片手で止められてしまう。男の腕を抑えながら狗美は問う。
「お前たちに勝ち目はない。私の家の方角だけでも教えてくれ。さっさと言えば狼斗が戻って来る前に逃げる時間ができるんじゃないか?」
「あ・・・う・・・。」
目の前の圧倒的な強者への恐怖と豪族に逆らう恐怖の間で男は鬩ぎ合っていた。
バン!
鬩ぎ合う男の首に麻酔弾が撃ち込まれ、男はふらふらと力なくその場に倒れてしまった。
「・・・ナナミ。」
狗美が視線を向けた先には、数分前に蹴り倒したナナミがおぼつかない足取りで立ち上がり、銃口をこちらへ向けていた。
「狗美ィ・・・!」
ナナミの目には強い怨恨が感じられる。
「何で逃げるの!?狼斗様の・・・豪族の妻になれるのよ!?それも第1夫人に!なのにどうして・・・!」
「・・・お前は狼斗の妻になりたいのか?」
「当たり前でしょ!?“そのために生きてきた”んだから!そのために耐えてきたんだから!親に“寵花になるための学び舎”に捨てられてからずっと!!寵花のまま終わってたまるかって!豪族の嫁になって今までアタシを見下して、好き勝手やってきた連中を踏み潰してやることだけを考えて生きてきた!!アンタにアタシの人生が解るか!!?」
狗美は悲し気な顔で首を横に振る。
「そうさ、アンタには解らない・・・!愛されていた、いや、今だって愛されてるアンタには!欲望を満たすだけの愛され方しかして来なかったアタシの感情なんて解るワケがないよね!?初めてアンタと“大犬市場”で出会った時、アタシがアンタの事どう思ったと思う!?」
「・・・。」
狗美は沈黙している。
「・・・羨ましかったんだ・・・!」
「!?」
「親が死んで悲しむ、“悲しめる”アンタが羨ましかった!死んで悲しめるような親に愛されていたアンタが羨ましかった!金は無くても自由なアンタが羨ましかったんだ!」
狗美は驚いていた。幼い頃、お金持ちのお嬢様だと思い、自分が羨ましく思っていたナナミが、自分を羨んでいたなんて。
「ナナミ・・・。」
狗美は思わずナナミの名を口にするが、そのあとの言葉は続かなかった。
「・・・あの時はただ羨んで、アタシもいつかアンタみたいな愛を、自由を手にしてやるって、意気込んで。・・・やっと狼斗様の妻になれるって思ったら!そこにはアンタがいた・・・!居るだけなら別にいい!そこに居るだけなら!なのにアンタは・・・拒絶していた!!アタシが望んで望んでようやく手にしようってモノを、アンタは拒絶して!あんな男を・・・!あんな・・・あんな・・・。」
ナナミはゆっくりと銃口を下ろし、地面に落とした。そして腰の後ろに差していた短刀を逆手に構える。
「ナナミ・・・。」
「そうだよ、アタシはナナミ。アタシの入れられた施設で7番目の女児だったから付けられた識別番号代わりの名前が“七美”。狗美、アンタの名前さえ羨ましい。羨まし過ぎて憎いほど。でも殺しはしない。アンタには狼斗様の妻になってもらう。それでアタシも狼斗様の妻になれるんだから・・・!」
結果は先に出ている戦い。それでも“七美”は本気で短刀を構えている。ならば、狗美も本気で相対さねば,と身構えた。




