第247話:復活の狼煙
数分前。
「!・・・何をするつもりだ・・・?」
狗美の問いに狛江は微笑む。
「神狼院狗狼様より姓と共に賜りし秘術・“天命狼煙”。この命を捧げ、日の本中にいる神狼院の血を引く方々に狼煙を上げるのでございます。
神狼院、復活の刻であると・・・!!」
“神狼院秘術・天命狼煙”
狼煙屋狛江の全身から即座に神々しい輝きが放たれ、その光は牢獄の檻も壁も天井をも霧散させ、天高く立ち昇って行った。
「そんな・・・!やっと役目を終えて呪いから解放されたんだろう・・・!?これから生きなくてどうするんだ・・・。」
狗美のその言葉に返事は無かった。だが、狛江の耳には確かに届いていた。
(嗚呼、なんと優しき御言葉。しかし、私めはこれで良いのです。これで私めは漸く・・・皆のもとへ参れるのですから・・・。)
狛江はその姓と術を賜った在りし日を想起しながら、永い永い生を全うした。
「おお!おぬしが狼煙を上げてくれたのか!いや~お陰で助かったわ!無事に“犬神の数珠”が完成しそうだわい!」
「はっ!狗狼様から直々に斯様な御言葉を頂けるとは、恐縮致します!」
「そう固くなるでない!・・・おお!?おぬし確か建国当初からおった娘ではないか!?確か・・・そうだ!狛江だ!」
「!!私めなどの名を・・・ご存じで!?」
「あたりきしゃりきよ!この狗狼、国に住まう者の名は全て覚えておるでな!ガッハッハ!!・・・だが、よもや姓がないとはなぁ。これは儂一生の不覚よ。国の体を成した今、姓がないのは何かと不便じゃろうて。・・・よし!ならば儂が付けてやろうか!?どうだ!?」
「!!狗狼様が直々に・・・!?こ、光栄であります!!」
「うむ!そうだ・・・今ちょうど“ある秘術”を授ける者も探しておったのじゃが・・・おぬしならばその担い手としても遜色なかろう!よし、その辺諸々踏まえておぬしの姓は・・・!」
狛江の身体が光輝くのを最も間近で見ていた狗美だが、何故かその眼には眩しさを感じなかった。神々しく輝いている,という事実は確認できているのだが、その光を直視することも出来たのである。
そして、直視できているが故に分かった事があった。牢獄の中の暗がりで見えなかった狼煙屋狛江の姿。着物は永い歳月でボロボロである事。その着物とは裏腹に解き放たれたような幸福に満ちた表情を浮かべている事。・・・その体には、片腕しかない事・・・。
現在。王狼院狼斗の牢獄・内部
自身の視界を覆った手指の隙間から光の発生源を垣間見るナナミの目に、1つの人影が現れた。
「!!・・・狗美!?・・・って事はこの光はアンタじゃなくて・・・!あの婆さん!?」
「そうだ。遠い昔から、この日を待ってたらしい。」
狗美は静かに答えた。
「ッ・・・!狼斗様がいくら尋問しても何も答えなかったっていうのに、アンタには喋ったってワケ!?ふざけた婆さん・・・!」
「・・・そうか、“尋問”したのは狼斗か。」
狗美の瞳が一瞬、怒りに染まる。だがすぐに平静に戻り、ナナミに問う。
「・・・ナナミ、私はここが何処だか分からない。私の家はどっちだ?」
「ハァ!?答えると思ってんの!?アンタは狼斗様が来るまでここに居んのよっ!」
ナナミは肩にかけたホルスターから銃を抜く。しかし、狗美の背後の“天命狼煙”による光は未だ強烈で、ろくに狙いが付けられない。
「まあいい。お前が答えないなら“他の奴”にでも聞く。」
そう言うと狗美は“天命狼煙”によって霧散した牢獄の天井から飛び出した。




