第242話:嘔浪者
王狼院狼人所有の牢の中、狼煙屋狛江の語りは続く。
「街が栄え、活気づいてきた頃でございます。余所様の家から食料を盗んだり、畑を勝手に掘り起こして貪る妖たちが出たのです。野良妖でもなく山賊や野盗でもない、ただ食料を求め彷徨い、時には他人を襲うこともありました。その姿は黒く穢れ、酷い悪臭を放っており、場所や時間を問わず急に奇声を上げては住民たちを困らせておりました。街の者たちはいつしかこのような妖たちを“嘔浪者”と呼ぶようになりました。」
「!おうろうしゃ・・・。」
狗美がピクッと反応する。
「ええ、先ほどあの喧しい娘が言っていた王狼院という名を聞き、身の毛がよだちました・・・。そう、この“嘔浪者”こそが、後の王狼院となる者どもなのでございます・・・。」
「王狼院は・・・初めから富豪だったわけじゃなかったのか・・・。」
「左様でございます。
・・・当時の住民たちの中にはこの“嘔浪者”たちをいっそ殺してしまおうと言い出す者もおりました。・・・後の事を考えればそれが得策だったのやも知れませぬが、神狼院の方々は寛大な御心を持って“嘔浪者”たちを一所に集め、風呂に入れ、着物と食事を与え、私めどもにしたのと同じように物の道理や教養を授け、正しき道を説いたのです。その甲斐あって街から“嘔浪者”たちは消え、代わりに“元嘔浪者”たちが働き手として街に貢献するに至ったのでありまする。」
「・・・だが、それでは終わらなかった・・・か?」
「はい・・・。実は既にこの神狼院の方々が統治する領地や町々の有り様を善く思わない者どもが居ったのです。それは神狼院の方々が私めどもと国を作らんと動き出すより前、略奪と本能による力だけが正義の世で幅を利かせていた有力者たちでございます。ただでさえ大きい顔をしたい連中です、自分たちよりも大きな勢力が出来れば善く思わないのも必然。加えて、神狼院の方々の街が大きくなるに連れて、有力者の下から逃げ出した奴隷や僕たちが街に助けを乞うてくるようになり、神狼院の方々はそういった者たちを当然のように受け容れていたことで、有力者どもは自らの所有物を奪われているような感情も持っていたのやも知れませぬ。
神狼院の方々はそうした周囲にいる有力者たちとも頻繁に交流を図ろうとなさっておりましたが、彼らはずっとそれを門前払いしておりました・・・。
しかしそんな中、有力者の一派が神狼院家と交流を図りたいと申し出て来たのです。」
「・・・いい事にはならなそうだ・・・。」
「お察しの通り・・・これが神狼院家が、私めどもが築いた町々が滅び去る始まりだったのでございます・・・。この有力者の一派、姓を“大福”と名乗る者たちは、西に居を構える一派でしたが、今崩壊の危機にあるため、戦力を貸してほしいと願い出てきたのでございます。」
「!大福・・・だと!?」
「なんとご存じで?・・・という事は今もなお悪行を続けているのですな・・・。」
「まあ・・・。友人が結婚させられかけてぶっ飛ばしてやったが。」
「!!ハハッ!これは愉快!!ハハハハ!ぶっ飛ばしましたか!」
「ああ・・・いや私がやったのではないが、私の友人たちがな。誘拐しに来た連中を返り討ちにした。」
「嗚呼・・・なんと、長き永き時を乗り越えた先にこんなに愉快な事があろうとは・・・。」
声が震えている。歓喜に震えているようである。
「・・・その大福家は、神狼院に何を?」
促す狗美に、狛江は語りを続ける。神狼院、崩壊までの話を・・・。




