第241話:神狼院
「これは遥か遥か昔にあった偉大なる一族・・・“神狼院”家のお話でございます・・・。今の世が如何なるものか私めは存じ上げませぬが、私めが幼少の頃の世には秩序なるものは一切存在せず、あるのは弱肉強食の略奪と本能だけでありました。強き者が弱き者から奪い、殺し、食らう、そんな力だけが正義の世でございます。幼少の私めも言わずもがな奪われるのを待つばかりの弱き者の1人でした。
そんな私めを始めとする弱き者の集まる森の中の穴蔵に、その方々はやって来たのです。十数名の豪奢な着物を着た“神狼院”と名乗る方々です。明らかなる“強き者”たる風情に、私めどもは皆、今日が“奪われる日”なのだと覚悟を決めたものです。されど、それは違った。奪われるどころか私めどもは“与えられた”のでございます。見た事のなかった白い米、新鮮な肉、綺麗な着物・・・!あの日の事はどれほどの時が過ぎ去ろうと昨日の事の如く思い出せまする・・・。」
声の主は少し涙ぐみながらも語りを続ける。
「私めどもは生まれて初めて“優しさ”や“施し”というものを受け、神狼院の方々にどう、何をしたら良いのか、解り兼ねました。すると、神狼院の方々の筆頭格である狗狼様が仰いました。『では、我らの手伝いをしてくれまいか。無論、給金は出す。』と。給金の意味も解らぬ私めどもに、狗狼様は懇切丁寧に神狼院の方々が成さんとしている事を説明して下さいました。それは、幼少の私めにはまるで解りませんでしたが、大人になった時、あの日のお話はこういう事であったのか,と理解致しました。即ち、神狼院の方々が成さんとしていた事とは、“国を興す事”であったのです。私めどもが居た穴蔵の近くには何もない開けた土地があり、そこを中心に集落を作り、村とし、街と発展させていく,という途方もないお話だったのです。
神狼院の方々への大恩ある私めどもは、神狼院の方々の仰る通りに致しました。大人たちは働き、私めのような童には物事の道理や知識を授けて下さいました。途中、何度も山賊や野良妖なぞの襲撃がございましたが、それらは全て神狼院の方々が返り討ちにして下さいました。時に私めどもの中から死者が出れば、丁重に弔って下さいました。そうした日々を過ごし、私めが齢180になろうとした頃には既にそこには町と呼んで遜色のない光景が広がっておりました。立ち並ぶ家々に田畑、行き交う妖たち・・・。その妖たちの中には近くに隠れていた弱き者たちや山賊や野盗をしていて神狼院の方々に敗れて配下に付きたいと申し出てきた者など様々な者たちが集っておりました。当然わだかまりもございました故、神狼院の方々は“法”を設け、いざこざが起こらぬように統治しておりました。神狼院の方々の人格と強さは誰もが認めるところでありました故、そうそう揉め事は起こりませなんだ。
そして私めが齢400になろうという時には、周辺一帯が神狼院家のもと、あらゆる妖たちが平和に働き、生活して行ける、そんな土地となっておりました。」
「凄いな、神狼院家は・・・。」
狗美は牢の中であることを忘れかけるほど話に聞き入っていた。
「ええ、誠に寛大で威厳ある偉大なる方々でありました。当然、大勢が集まれば、問題もございました。その中の1つが“卑しく彷徨う妖”の件でございます・・・。」
「卑しく彷徨う妖・・・?」




