第240話:牢の中で聴く
「寵花って・・・えっと・・・豪族の・・・?」
狗美は以前にあった陽子の許嫁の一件を思い起こす。
「あら寵花を知ってるのね、ちょっとビックリ。そうよ、豪族の為なら“何でも”する寵愛されし花。」
暗い笑みを浮かべるナナミに、狗美は疑問を投げかける。
「あの頃も,と言ったが、お前は上品な着物を着ていたし金だって・・・。」
「あれは“寵花の育成施設”の実地訓練。上品な格好をして他者に取り入る術を実践するためのね。必要経費は施設が出してくれるの。子供の遊ぶ金くらい安いものよ。」
「寵花の育成施設・・・だと?」
「そ。アタシ赤ちゃんの頃に売られたのよ。その育成施設にね。施設はアタシみたいな売られた赤ちゃんとか子供とか、親に捨てられたり、親が死んだりした子供とかを引き取って“一流の寵花”になるように“教育”を施すの。アタシみたいに出来のいい子には色んな知識とか常識も教え込まれるんだけど、出来の悪い子たちは最低限の礼儀作法だけ教えられて後はずっと買い手が付くのを待つだけ。」
「そうか・・・。」
狗美が悲し気な目をするのを見て、ナナミは再び立ち上がり見下ろす。
「何?同情してんの?ハッ・・・!そうよ、アタシは所詮寵花!ここまで必死に生きて来ても結局ポッと出の犬神は超えられない第5夫人候補にしかなれない女よ、アタシは!狼斗サマが帰って来るまで大人しくしてなさい!この牢、現代にはない超技術で作られてて絶対壊れないから、無駄な事しないでよね!」
ナナミはガシャン!と狗美の入っている牢の鉄格子を一蹴りするとツカツカと監獄を後にした。
「ナナミ・・・。」
狗美は自分の置かれている状況よりもナナミの心情の方を気にしていた。和神の事も気にはなっていたが、もはや世界唯一の不死鳥である和神は死にはしないだろうし、封印されているのなら、陽子や陰美に相談すれば救出できるだろうと考え、以前のただの人間であった頃ほどは心配していなかった。
「久方振りに音を聴けば喧しい女よのぉ・・・。」
「!?」
不意に聴こえた声に狗美は驚き、反射的に声のした方を見る。それは狗美の入っている牢の真向かいにある牢であった。その牢は灯りが切れているのか、鉄格子の中が暗闇に包まれており、声の主の姿を視認することは出来ない。だが、声音からして相当な老人、老婆であることは解った。
「誰だ・・・?」
「わたくしめの名など畏れ多く名乗れたものではございませんが、貴女様のご所望とあらば僭越ながら、姓は狼煙屋、名は狛江でございます。」
暗闇で姿は見えずとも、その声だけで非常に畏まっている事が伝わって来る。
「あなたさま・・・?私を、知っているのか?」
「名前は存じ上げませぬ、出自も、どのような人生を歩んでらっしゃったかも・・・。先ほどの横柄な女に斯様な優しき目を出来る、寛大な御心をお持ちである事くらいしかわたくしめには解りませぬ。けれどけれども、わたくしめは貴女様をお待ち申し上げておりましたのです・・・。」
「待ってた・・・?私が牢に入るのを?」
「め、滅相もございませぬ・・・!」
とても慌てた様子で否定する。
「これは呪いによる導き故、どうかご容赦を・・・。」
「呪いによる導き?」
「いつあの女が舞い戻るか解りませぬ故、急ぎわたくしめは貴女様にお伝えせねばならぬのでございます。貴女様に識って頂きたい、否、貴女様は識らねばならない、昔話にございます・・・!」
「?」
姿も解らぬ初対面の老婆と思しき声の主から、唐突に昔話を聞かされそうになっているが、どうせ牢の中で時間はある。狗美は老婆の声に耳を貸すことにした。
「ありがたやありがたや・・・!漸く務めを果たす時が来た・・・。」
そう言うと老婆の声は語り始める。
「これは遥か遥か昔にあった偉大なる一族・・・“神狼院”家のお話でございます・・・。」




