第237話:旧友
「思い出した?私、ナナミよ。」
狗美の脳裏に幼少期の記憶が蘇る。まだ屋台も神社も狛犬も、行き交う妖も巨大に見えていたような、小さな頃。その頃から大犬市場は賑わっていた。狗美とナナミが出逢ったのは狗美の両親が亡くなった後、初めて大犬市場を1人で訪れた時の事。まだ親の死を受け容れ切れずに悲しい顔をしている狗美に声をかけてきたのが、ナナミであった。
「こんにちは!ねぇ、一緒に遊ばない?お母さんからお駄賃いっぱい貰っちゃって、使い切れないの!」
ナナミは幼い狗美でも、見れば“大犬市場に来る妖の中では間違いなく最上級のお金持ちの子”であることが一目瞭然であるような仕立ての良い着物を着ていた。藍色の瞳と髪に真っ白な肌が印象的な“べっぴんさん”であった。狗美はとても遊ぶ気分ではなかったが、ナナミは強引に子供たちの集まる屋台を次々と梯子して行った。狗美の沈んだ心も少しだが晴れていった。
「あなたお名前は?」
「・・・狗美。」
「狗美ちゃん!わたしはナナミ!ねぇ、また来週も大犬市場に来て!一緒に遊ぼ!?」
「うん・・・。」
こうして狗美とナナミは週に1度、大犬神社で会ってはナナミの有り余るお駄賃という名の財力を持って遊ぶ仲となっていった。
「いいの?いつもナナミにお金出して貰っちゃってる・・・。」
「いいんだよ!お駄賃はぜんぶわたしが使っていいお金だもん!だからわたしは狗美ちゃんと遊ぶために使うの!」
どんなお金持ちの家の子なのだろう,と狗美はナナミを羨ましく思った。お金もあり親もいる。自分と真逆の境遇にあるナナミに、狗美は嫉妬や恨みではなく、幸せな気持ちになっていた。ナナミといる間だけは、自分もナナミの家の子になれているような、ナナミの家族と繋がれているような、そんな気分になれたのである。
「狗美ちゃん、お父さんもお母さんもいないの?」
「うん。死んじゃった。」
「・・・ごめん、知らなくて。」
「ううん。ナナミといる時は、悲しいの忘れられるから。」
「そっか・・・じゃあ、目いっぱい遊ぼー!!」
しかし、そんな日々は2カ月も経たないうちに終わりが来た。
「引っ越すの?」
「うん・・・。お父さんの仕事の都合で。もう、大犬神社には来られない。」
ぎゅっと、強く抱きつくナナミを狗美も抱き返した。狗美は寂しかった。だが、良かったとも思っていた。このままナナミのお駄賃で遊んでいるのは、幼心ながら何か違うような気がしていたから。ナナミとの別れは悲しいが、これはきっと両親を亡くした自分に大犬様が見せてくれた幸せな夢だったんだ,と思う事にして、狗美はこの記憶を心の奥底にしまい込んだのだった。
「あの・・・ナナミか・・・?」
「そうだよ。お駄賃で遊びまくったナナミ!」
「大人の女になったな・・・。」
「それお互い様でしょ?もう、狗美ちゃんこそこんな美人さんになってー。」
ナナミは相変わらずの綺麗な藍色の瞳と髪に真っ白な肌を保持した美女に成長していた。
「だが、どうしてナナミが私の家に?家には来たことなかったはずだが・・・。」
「それはね、大犬市場で聞いたから・・・。狗美ちゃん家が豪族の一派に襲撃されたって。私、居ても立っても居られなくなって、場所を訊いて駆け付けたんだけど、私が来た時にはもう・・・。」
「そうか・・・。」
「でも、狗美ちゃんが連れ去られたって噂も聞かなかったから、もしかしたら帰って来るんじゃないかなって、時々見に来てたんだ。」
ナナミは和神に目を向ける。
「デッカイ男の人が一緒だったから、てっきり豪族か野盗か何かが来たんじゃないかって、思ったよー。だってまさか男連れで来るなんて思わないから・・・。」
「あ、なんかすいません。」
和神は軽く頭を下げて謝った。
「あ、いいのいいの。私が勝手に勘違いしちゃっただけだから~。」
「・・・ナナミ、銃を持っているが、今、何の仕事をしているんだ?」
ナナミの腰のホルスターに目を向け、狗美が訊ねた。
「ああ、私いま自警団やってるの。“滅豪隊”って言うんだけど・・・。」




