第235話:力の代償
迫り来る妖気。その正体は“日輪熊”であった。
全身を黒い毛で覆われ、背中に円形の赤い毛が生えているのがその名の由来となっている妖の熊で、雄の成体の体長は5mを超え、鋼をも切り裂く爪と鉄球を噛み砕く強靭な顎と堅牢な牙を持つ、この森における野良妖の食物連鎖の頂点の一角を担う存在である。
そんな大熊が2頭、和神と狗美に向かって時速50㎞を超える速度で猛進してきた。
「和神、右の奴をやれるか?」
「うん、多分。」
そう言うと狗美はその場から跳び上がり、向かって左から突っ込んでくる熊の頭上から急襲を仕掛ける。狗美の目にも止まらぬ強力な踵落としが日輪熊の頭頂部を直撃し、日輪熊の顔面は地面に埋もれ、10mほど地面を抉りながら前進を続けてから止まり、気絶した。
一方、向かって右側から猛進してきていた日輪熊は和神を射程に捉えると、和神へと飛び掛かった。鋼をも切り裂く爪を有した剛腕が和神を襲う。
“妖拳”
初。和神は誰かから“受け容れた”妖力ではなく、自分自身の不死鳥の能力によって生み出した妖力を使って“妖拳”を繰り出した。その拳は日輪熊の剛腕が和神に届くよりも早く日輪熊の鼻っ柱に命中し、綺麗なカウンターブローとなった。鼻血を出しながら日輪熊は吹き飛ばされ、密林をゴロゴロと転がった後、その場に伸びた。
「ふ、もう妖界の森も1人で歩けそうだな。」
狗美が満足そうな様子で和神に歩み寄る。
「まあ何とかね。」
狗美はこれまで和神と一緒に駆け抜けてきた妖界をはじめとする戦場の数々を思い出していた。出逢った頃の和神はか弱い人間で、護らなければ数分も妖界では生き残れなかっただろう。それが“受け容れし者”として徐々に力の使い方を知り、今では1人で森の王者たる野良妖をも倒すことが出来るようになった・・・。その“代償”の事を考えた時、ふと狗美の表情が曇る。あの日、自分が巻き込んでしまった所為で、和神は“生物としての権利”を1つ失う事になってしまったのだという罪悪感が、狗美の中に渦巻く。
「どうしたの?」
和神が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「いや・・・。・・・それがお前の妖力か・・・。なるほどな。」
狗美は心配させまいと注意を逸らし、“妖拳”を放った和神の手に残った妖力に視線を向けた。
「なんか、変?」
「いや。お前らしい、妖力だと思う。」
「俺らしい妖力?」
「妖力は持つ者によって大雑把にだが、性格みたいなものが出るからな。お前もそのうち解るようになるんじゃないか?」
そう言うと狗美は再び自宅へ向けて歩を進め始めた。和神もすぐに後を追う。
和神は“代償”の事を気にしない,と言っていた。実際、気にしていないのかも知れない。それでも、自分との出逢いが結果として彼からかけがえのないものを奪ってしまったという事実は変わらない。狗美は、この“罪”と生涯向き合う事を誓うのであった。
狗美の実家近くの茂み
「・・・どうやら王狼院の連中はいないようだな。」
「ていうか何もいない。」
狗美と和神は茂みに身を隠して狗美の実家周辺の様子を探っていたが、王狼院はおろか野良妖の気配すらなかった。
「よし、じゃあ警戒しながら家に入るぞ。」
「うん。」
2人はゆっくりと家に近付き、狗美は扉に手をかけた。
今年初の投稿です。
本年も『異界嬢の救済』をよろしくお願いします!




