第234話:大犬市場
「士狼さん・・・?」
声をかけてきたのは鉢巻きをした、いかにも“露店で威勢よく商売をしてそう”な中年の男性妖。狗美はこの妖を知っているようだった。
「久し振りだなぁ・・・!“大犬様の祟り”が噂され始めたくらいから見なくなったから心配してたんだが・・・何だよ、男作ってたとはなぁ!ガハハハハ!!」
「最近忙しくて。」
「いやいや元気ならいいのさ!そうかぁ、もうそんな年頃かぁ・・・オジサン感動しちゃうな!ガハハ!」
陽気に笑う士狼に、一本足の傘の妖怪・傘化けが慌てた様子で呼びかける。
「店長なにやってんスか!?さっきのお客さんずっと待ってッスよ!?」
「あー、すぐ行く!悪いな、ゆっくりしてられなくてな!まぁ、元気で良かった!じゃあな!!」
店の従業員らしき傘化けと共に士狼は走り去っていった。
「今のは士狼さん・・・この“大犬市場”の顔役をしてる、私の父さんの親友だった妖だ。」
「そっか。そんな感じはした。」
「昔から明るくて、不愛想な私にも良くしてくれた。相変わらずのようで良かった。」
「うん。・・・さっき言ってた“大犬様の祟り”って言うのは?」
「あれは“私の事”だ。」
「えッ!?」
「私が満月の夜に暴走する事は分かってるだろう?あの暴走状態を落ち着けるために森を駆け回っていたのを何度か妖たちに見られていたようでな。その姿がここの神社に奉られている“大犬様”に似ていたとかで、そんな噂が出回ったんだ。暴走状態で駆け回っていれば、めでたくは見られないだろうから、“祟り”って事になったらしい。」
「なるほどね。・・・最近は暴走してないね?」
「ああ、流界と妖界、西洋妖界、魔界と行き来してるせいか運よく満月の夜に当たらなくてな。・・・お前に迷惑をかけずに済んでいる・・・。」
「迷惑なんて・・・まぁ噛まれるのは痛いけど、気にしなくていいからね。ほら、今、もう死なないし!」
安堵したような、切ないような笑みを浮かべ、狗美はありがとう,と囁くように告げた。
「あー、それで?ここで買い物してくの?」
和神は何処かしんみりした雰囲気を打開すべく話題を変えた。
「ああ、いや。ここに来たのは見つからないように,だ。この“大犬市場”は庶民が来る市場でな。王狼院のような気位の高い妖は来ない。ふんぞり返っているような妖は特にな。」
和神が「妖界妖界してる」と思った理由はそこにあった。市場にいる妖は皆、少し色褪せたり、ほつれたりした着物を着ていて、傘化けのような明らかに妖怪といった風貌の者も散見出来た。その光景は和神が折りに触れてきた漫画や映画などに見る、“正に妖界の世界”といった風情だったのである。
今まで見てきた妖界は、どこか人間の世界(京やヨーロッパなど)でも見られるような風景が多かったせいか、和神は“大犬市場”に来られたことを喜んでいた。
「ここから私の家を目指すが、いいか?」
「OK。」
「士狼さん、あの娘・・・。」
「ああ、まさか死んじゃいねぇだろうとは思ってたが・・・。」
「連れの男はどうします?」
「焦るな焦るな、まだ何がどうしたってワケじゃねぇ。ただ、準備だけはしておけ。」
「へい・・・。」
狗美宅までの道中
「・・・ふ、お前と妖界を隣り合って歩く日が来るとはな。」
「そうだね。担がれて移動するの、情けなかったからよかったよ・・・。」
「またいつでも担いでやるからな?」
「えー・・・今後は俺が狗美を担ぐよ。こないだみたいに。」
「ふ・・・それはそれで・・・っ?!和神、妖の匂いだ。こっちに向かって来る。」
「ん!わかった!」
接近する妖に2人は臨戦態勢を執った。
2019年最後の投稿となります。今年もありがとうございました。
来年も『異界嬢の救済』をよろしくお願いします!




