第230話:不死なる者の死
「ようやく来たのね。」
美鳥は嘆息を吐いて言う。ゆっくりと落ち着いた歩調で歩いてくる疾風は仏頂面をしている。
「フン、よもや某が“ここ”に至る事になろうとはな・・・。」
「あなたが余計なことしなければ来なくて済んだのよ。私もね。」
「余計な事、か。某は“彼の者”を救わんとしたまでだ。“ここ”にも来られず自由に生きられもしない“彼の者”をな。」
「それは解ってたわ。でも救った後は?“あの時のあの子”を救い出したら、あなたは結局“ここ”に来てたはずよ?いえ、それだけじゃない。きっと“世界がここに来ることになっていた。”」
「・・・我らはそれだけの事をしたのだ。」
「私たちは、ね。でも現代を生きるあの子たちには関係ない事よ。過去の罪を現代を生きる子たちに償わせるなんて・・・。」
「今の生命は“彼の者”の犠牲の上に・・・!」
2人の口調が強くなり始めた時、灰色の旋風が生じ、そこに仮面を付け、フードを被ってローブを着た男が現れた。その瞬間に、周囲の空気が凍てつき、まるで時が止まったような感覚が訪れる。
「“冥界”まできて夫婦喧嘩はやめてほしいものだ。」
美鳥は一回落ち着くようにふっ,と息を吐くと、現れた男に言う。
「夫婦じゃないですよ、ハデス。」
そう、旋風と共に現れた仮面の男こそが“ここ”冥界の王・ハデスである。美鳥と疾風は間違いなく死を迎え、冥界へと至ったのであった。
「ハデス・・・よもや世界の終わりより早く貴様に会うことになろうとはな。」
「それはこちらのセリフだ、イックス。過去に囚われ、些か早く身を滅ぼしたようだな。フェン・・・否、美鳥から聞き及んでいる。」
疾風は美鳥をチラッと睨みつつ否定する。
「過去に囚われていたのではない。某は某の意思に従ったまでだ。」
「・・・まあ、何でもよい。不死なる者が冥界へ来るなど、何百億年と冥界を司る余も初めての事だ。少しばかり、面白い。まるで“あの時”のような高揚感だ。」
「高揚感って、“あの時”は冥界も天界もてんやわんやだったって聞いてますけど?」
美鳥が呆れたようにハデスに言う。
「フハハハ、まあ、な。・・・して、あの話は真であろうな?余がここに赴いたのは貴公らとの雑談が目的であったが、美鳥の話で半分“仕事”になってしまった。」
「ええ、本当ですよ。私が彼に・・・和神翔理くんに不死鳥の能力を譲り渡したのは・・・。」
美鳥は疾風の方を一瞥する。
「疾風を倒してもらうため、と・・・。」
再びハデスの方を向く。
「・・・“あの子”が・・・“彼の者”が帰って来ようとしているから。」
「!!?」
驚く疾風の方を向く美鳥。
「疾風、あなたがあそこまでしなくても、“あの子”は直に解き放たれるわ。いえむしろ、“あの子”が解き放たれようとしている影響があなたの封印が緩む一因にもなっていたのかも知れない。」
「なんだと・・・?貴様何故それを某に言わなかった!」
「言ったらあなたは“彼の者”の復活まで身を隠して、復活したら一緒に世界を壊そうとするでしょ?それじゃ“彼の者”の対処に集中できないから、あなたには先に死んでもらいたかったの!」
「ッ・・・!貴様ァ・・・!」
「・・・夫婦喧嘩はやめよ・・・。」
「夫婦ではない!」
疾風が否定した。
「ともかく話は分かった。我ら冥界も備えはしておこう。」
ハデスがそう言うと、ハデスの背後に鉄の門が現れる。
「不死なる者が死した時、どうなるのかと興味深かったが、どうやら死後の理は他の生者と変わらぬようだ。この先、“新生の刻”まで死者の世界で如何に過ごすかは貴公らの自由だが、問題は起こさぬようにな。・・・特にイックス、抜け出そうなどとすれば・・・解るな?」
「フン、冥界で貴様には逆らうまい。」
美鳥と疾風は門へと歩き始めた。
「・・・“彼の者”の復活、あの“受け容れし者もどき”どもは知っているのか?」
「・・・いいえ。“故意に”伝えていないわ。」
「?」
「“伝えてはならない”のよ。これは“あの子”を封印した皆で決めた事。もし伝えたら・・・彼も“彼の者”の様に成りかねないんだから・・・。」
冥界への扉が不気味な音を立てながらゆっくりと閉まり、不死鳥2羽(2人)は冥界へと至った。・・・不穏を残して。




