第216話:転譲
美鳥は和神を不知火で描いた陣の中央に立たせ、自身は和神と向かい合うように立つ。幾つかの印を素早く結び、何か呪文のような言葉を呟く。すると、美鳥の全身から不知火が湧き出し、同時に周囲の不知火の陣もその火力を増し、激しくと揺らめき始める。やがて、陣を形成している不知火が2人の姿を隠すほどの高さまで燃え上がった頃、美鳥の足下に不知火の種火が生じたかと思うと、その種火は一瞬で美鳥を包んだ。
「!・・・大家さん・・・!」
『さぁ、転譲の刻です・・・。』
美鳥の声は最早和神の心に、脳に、直接語り掛けるような神秘的なものへと変わっていた。和神は、本当にこれで最期なのだ,と悟った。
「大家さん、今までありがとうございました。」
『こちらこそ、ありがとう。己が使命を“受け容れて”くれて・・・。“これからの事”、よろしくね♪』
「はい。」
不知火に包まれている美鳥の肉体から、魂だけが白い影のように抜け出し、和神の身体へ向かって来る。まるで、和神を抱きしめるかのように。その瞬間、和神の脳内に不死鳥としての情報が刻まれ、不知火で描かれた陣は最大の輝きを迸らせ、その光は暗く閉ざされた曇天の空にまで立ち昇った。
富士見島
「フェン・・・まさか・・・!?」
サラへのトドメの手を止め、急ぎ立ち昇る光の発生源へと向かおうと飛び立つ疾風。しかし、その前に狗美が立ち塞がる。
「行かせん。」
「退け、何も解っておらぬ小娘!」
“聖剣の不知火【真】”
狗美を蹴散らさんと巨大化した不知火の剣で横薙ぎにする疾風。
「解っている・・・!転譲の儀、だろ?」
「!!」
疾風の剣を回避した狗美はそのまま疾風の腹を素手で貫いた。
「グッ・・・!貴様・・・知っていたのか?知っていて、フェンと“受け容れし者もどき”を行かせたというのか・・・?あの男は“人間”ではなくなるぞ?」
「解ってる。」
狗美は腕を引き抜くと同時に爪撃と蹴りを併せた連撃を開始する。疾風はこれを受けながら問う。
「不死鳥は不死鳥としか子を成せぬ。あの者は人間として、否、生命体として最大の能力を失うことになるのだぞ・・・?」
「解ってる・・・!」
狗美の掌の力が増す。
「解っているから・・・皆、お前の前に立ったんだ。あいつを、和神を人間のままでいさせたてやりたいから!死ぬかも知れなくても、絶対に殺せなくても、お前と戦ったんだ!そのために大家さん・・・美鳥さんも、勝ち目が薄くても、お前と戦った。」
狗美の掌底が疾風の顎を打ち上げる。天を仰ぐ疾風の顔面に狗美の回転踵落としが炸裂する。
「でも、足りなかった。」
疾風は富士見島の花園へ叩き落とされた。
「私たちがお前を止めて、美鳥さんがトドメを刺せれば、和神もそのまま、美鳥さんもそのまま、一緒に帰れたんだ・・・。でも足りなかった。私たちは弱かった。だから今、和神は人間としての人生を捨てて、美鳥さんは・・・永遠にあったはずの命を捨てて・・・。破滅の不死鳥、どうしてお前は、破滅させようとするんだ?」
花園から浮き上がるように立ち上がる疾風。
「貴様が話す道理はない。あの“受け容れし者もどき”がフェンの力を持って戻ろうが、某に勝てる道理にはならぬ。貴様らが滅ぶ運命にあることに変わりはない。」
「・・・そうか。なら私たちはお前を止めるだけだ。」
再び狗美と疾風の超高速の戦いが始まらんとした、その時。白き閃光が富士見島に来襲した。




