第215話:世界を救う人ならば
富士見島から1㎞ほど離れた小島
木々に囲まれた島の中央の開けた場所。そこの白い土の地面に美鳥は不知火で一瞬にして陣を描いた。メラメラと白く燃える不知火が揺らめくのを見ながら、美鳥は言う。
「ここは半神島。富士見島より分かたれた離島です。不死身は神の御業、そこから分かたれた半神、というのが由来です。」
美鳥は和神の方に振り返る。
「和神くん・・・いえ、和神さん。結局、“こうする事”になってしまって、申し訳ありません・・・。これでも、疾風が封印されている間、私も力をつけていたのです・・・。でも、疾風は、封印されながらにして力を衰退させないどころか、むしろ怒りや憎悪によって力を増していた・・・。」
美鳥は和神に深く頭を下げる。
「大家さん・・・そんな・・・。」
「私は・・・どこかでこうなる事を、予期しておりました・・・。狗美さんが現れ、陽子さんたちを貴方が連れて来て、もしかしてその必要はなくなるのでは?などと、希望を見出しながらも、心のどこかでは、疾風を止めることは出来ないだろうと・・・!本当に、申し訳ありません・・・。」
「・・・大家さん、前にも言いましたけど・・・俺はいいんです。大家さんと知り合わず、というか大家さんに目を付けられていなかったら、俺はきっと何者にもなっていなかったんですから。正直、漫画家になるの・・・無理かもなって思い始めていたんです・・・。」
「!」
美鳥が顔を上げる。
「画力とか全然足りないし、狗美は、面白いって言ってくれてますけど、内容も、陳腐に感じられて・・・。たぶん編集さんには評価されない。そんな時に、狗美が現れて。大家さんが“とこしえ荘”に住まわせてくれてなかったら、狗美には出会えなかったし、みんなとも繋がれなかった。妖怪や魔物、エルフや精霊が実在するなんて知れなかったし・・・何よりこんな、世界の命運を賭けた戦いの中心にいるなんて・・・!」
和神は空を見上げ、両手を広げる。つられて美鳥も見上げる。
「世界が破滅するかもしれないし、今も戦ってくれてる狗美とサラ、瀕死のミネルヴァさんたちの事を思うと、不謹慎ですが・・・。」
和神はゆっくりと目を閉じる。
「“生きてる意味”を、感じられるんです。この為に生きているんだって、胸を張って言える。生きるか死ぬかの戦場に駆り出されて、狗美たちに護られなければすぐにでも死んでしまうような無力な存在であっても、必要とされていて、中心にいられる・・・。よくアニメや映画の主人公はそんな状況を不幸がりますけど、俺は、今の状況を・・・楽しんでしまうんです。だから、大家さんには、感謝しかないんです。」
和神は視線を美鳥に下ろす。同時に美鳥も和神と視線を合わせる。
「狂ってるんですかね、俺・・・。」
和神の問いに、美鳥は少し惑う。だが。
「・・・通常社会で生きるのには、狂っているかも知れない。でも・・・。」
美鳥は微笑む。
「これから世界を救う人としては、そのくらいがちょうどいい。」
和神も微笑む。
「・・・では、これより“転譲の儀”を始めます。」
「・・・はい。」
富士見島。
超速の戦いが続いている。
(正直、アタシはついていくのが精一杯だわ。疾風、速過ぎ!なのに・・・。)
サラは共に戦う狗美を見やる。
狗美は完全に疾風の速度について行っていた。これは、直前の“七災神”フェンリルとグレイプニルとの戦いを眼にしていたお陰に他ならなかった。戦闘における狗美の伸びしろを、更に開花させていたのである。
「邪魔だ。」
冷徹な疾風の言葉と共に、サラに不知火の閃光が襲い掛かる。避け切れなかったサラはこれにより吹き飛ばされる。カバーに入ろうとした狗美を疾風が不知火の爆発でサラとは反対方向へ吹き飛ばす。
「貴様は興味深い。まずは邪魔を消し去ろう。」
疾風は態勢を崩しているサラの頭上から不知火の槍を突き立てる。
“槍の不知火【真】”
「サラッ!!」
今の狗美でも間に合わない距離。狗美の叫びに応えるように、凄まじい閃光が離島から天に立ち昇り始めた。
「!!?」
思わず目を奪われ、困惑する狗美そしてサラ。それが何か、最初に察したのは疾風であった。振り下ろそうとしていた槍の手さえ止めていた。
「あれは・・・ッ!?まさか・・・フェン・・・!」




