第200話:七災神・フェンリル
華・地安門広場より1㎞ほど離れた古い城
「どうなったのかのう?あの激しい閃光から状況が分からぬが?」
清王全がわざとらしく部下に訊ねる。
「も、申し訳ありませんっ!なにぶん、地安門広場に設置された監視晶石が全て破損した上、見張らせていた偵察部隊とも連絡が取れず・・・!」
「俺の影武者はどうした?通信機を持たせたはずだが?」
慌てる兵に“将軍”が訊く。
「はっ!それが、影武者殿とも連絡がつかず・・・。」
「ほう、あれは影武者だったのか。」
「!!?」
慌てる兵が、突如背後から聞こえた声に更に慌てる。他の兵達も騒然とする。
「これはこれは、護国院の隠密隊長殿。戦果はどうですかな?」
これまたわざとらしく訊ねる清王全。
「ええ、上々といった所ですよ、陛下。」
陰美もまた、わざとらしく答え、手に持っていた黒い布袋を“将軍”に投げ渡した。布袋は、ズッシリと重く生温かい。
「貴方が本物の“瞬剣将軍”、でしょうか?それとも貴方も影武者か?」
「フン、気配・妖力で察していよう、日の本の隠密隊長よ。して、この袋は?」
「それこそ察しているだろう?雷獣の首だ。本来ならば貴方が相対するはずだった、な。」
「ほほう!雷獣は討ち取れたか!それは何よりじゃ。」
「フッ。我が影武者は?」
「散った。ここからでもあの閃光はよく見えたろう?あれで絶命した。最期まで勇ましく戦ってな。」
「そうか。・・・隠密隊長殿であれば分かっているとは思うが、この功績は・・・。」
そう言いながら“瞬剣将軍”は布袋を部下に渡す。
「分かっている。私と“瞬剣将軍”のもの、だろう?それでいい。」
そう言って陰美は踵を返す。
「地安門広場に雷獣の胴体と影武者殿の遺体がある。保全のために簡単な結界を張っておいた。では、私はこれで。」
「悪いのう、助かるわい。」
「・・・・・。」
食えない国王だ,と思いつつ陰美はその場を後にした。
「フン、食えない女だ。」
“瞬剣将軍”はボソリと呟いた。
七災神・雷獣・・・撃破。
魔界・オリエンス王国領を少し離れた東の奇岩地帯“ヘルヘイム”
もはや奇岩地帯とは呼べなくなったこの地で、七災神・フェンリルとオリエンス王国軍大将・グレイプニルの戦いは佳境を迎えていた。身体と前足、後ろ足に幾つかの傷を抱えるフェンリルに対し、未だ軽い打撲程度のグレイプニル。しかし、両者による戦いの速度はまるで留まるところを知らなかった。
結局、狗美は最後までその戦いを見やる事しか出来ずにいた。近付けば風圧や剣圧で弾き飛ばされてしまう、決して触れることの出来ぬ超常の戦いを前に、狗美は自身の非力さを痛感していた。
そんな事を考えている間に、グレイプニルの長刀がフェンリルの胴に痛烈な一太刀を浴びせた。態勢を崩し、大地に転がるフェンリル。その一瞬の隙に、グレイプニルは左手を向ける。
“ファーティーチェイン”
グレイプニルの魔力が無数の長い鎖となり、一瞬でフェンリルの脚と胴体を大地に縛り付けた。フェンリルは身動ぎ一つ取れない。
「グルルルルッ!」
「終わりだ、フェンリルとやら。中々楽しめたぞ。」
そう言ってフェンリルに向けて凄まじい速さで駆けて行くグレイプニル。
“クレマティオ・スプリシウマ”
グレイプニルは通過すると同時にフェンリルの首を刎ねていた。フェンリルの首が宙に舞い上がり、縛り付けられた胴体はグレイプニルの魔力によって生じた炎で燃え始めた。だが、フェンリルはこれで終わらなかった。刎ね飛ばされたフェンリルの首には、未だ禍々しい魔力が漲っていた。ギンッ!と悍ましき眼を見開くと、フェンリルの首は真っ直ぐにグレイプニルではなく、狗美へと飛んで行く。それは、弱者を狙って1つでも多くの命を奪いたかったからなのか、狗美の体内にある犬神の力が呼んだのかは分からない。ただ、首だけになったフェンリルが超高速で狗美へと食らいかかった。その速さは、グレイプニルが追い付けない程である。
「チッ!悪あがきとは・・・!避けよ!!」
ずっと見やる事しか出来なかった狗美であった。しかしそれは、裏を返せば“見ている事は出来た”のである。グレイプニルとフェンリルの超常の戦いを、その眼で見ていることが視認していることが出来たのである。即ち、今、飛んで来る超高速のフェンリルの首が。
「見えた。」
首だけのフェンリルが狗美に食らいつかんとしたその時、狗美は咄嗟に右膝を蹴り上げ、右肘を打ち下ろし、フェンリルの上顎と下顎を挟み砕いた。フェンリルの牙が砕け散り、敗北を悟ったからなのか、同時にそこに宿っていた禍々しい魔力も消滅していった。狗美が肘を上げ、膝を下ろすとフェンリルの首は力なくゴトッ,と地面に転がった。
七災神・フェンリル・・・撃破。
200話まで来ました!
日頃読んで下さっている方々、誠にありがとうございます!!
これからも『異界嬢の救済』をよろしくお願い致します。




