第194話:スカーレット・ジャヌア・ガーネット
「私ハ・・・。」
遠方で倒れていたマスティマが見えない糸で引っ張られるように、倒れたままの姿勢で体を起こす。
「悪クナイィ・・・。」
その場に雪煙が立ち、姿が消える。そして直立したままのスカーレット大将の背後に現れる。だが、スカーレット大将はマスティマが剣を振るうよりも迅く抜刀していた。奇妙な展開である。先に動き出し、仕掛けたのはマスティマであるにも関わらず、マスティマはスカーレット大将の太刀を防ぐしかなくなっていたのだから。
太刀の一撃を防いだが、弾き飛ばされたマスティマは空中で姿を消し、再びスカーレット大将の背後を取り、今度は盤石の攻勢を仕掛ける。
“ファントムエンジェルズ”
8人になったマスティマは全て違う速さ・角度・方法で剣を振るう。しかし、スカーレット大将の前には、これすらも・・・。
「なるほど。」
“紅電”
それは、超高速による連続斬り。あまりの速さにスカーレット大将が分身して見えるほど,とそこまで考えた所でミネルヴァは“ファントムエンジェルズ”の本質に気付いた。マスティマが実際に増殖しているわけではなく、高速で動くマスティマが8人に分身して見えているだけなのだと。だが、それが分かった所で分身して見えるほどの動きをする相手にするには自身も高速で動けなくてはならない。現在のミネルヴァでは“アークエンジェルアローサル”を使ったところでそこまでの速さは出せない。改めてマスティマの相手はスカーレット大将にしか務まらないと思うミネルヴァであった。
8人のマスティマからの攻撃を全て返し切ったスカーレット大将はそのままの勢いでマスティマの胴をすれ違うように斬る。
「ガッ・・・!私ハァ・・・。」
「堅いですね。掠り傷程度ですか。」
マスティマの胴には刀傷があり、そこから少しだけ黒いオーラと血が流れていた。“アークエンジェルアローサル”での一閃でも付けられなかった“傷”である。
「救ッタ!救ッタノダァァァ!!」
マスティマは絶叫しながら再び“ファントムエンジェルズ”を展開する。
“紅電”
先程と同様、全ての分身の攻撃が弾かれ、今度は首筋に一太刀が入る。胴と同様の傷が首にも付く。
「私ガ・・・何ヲ・・・!」
「堕天使よ、貴女がかつて何をしたのか、私には知る由もありませんが。ただ、堕天使になった後の貴女は多くの命を奪いました。多くを破壊しました。その罪は、償って頂く必要がございます。」
「!!・・・私・・・ハ・・・!」
優しい口調で、厳しい現実を告げたスカーレット大将に、堕天使となり既に理性も思考も持ち合わせないはずのマスティマが動揺しているように見えた。この瞬間の光景をミネルヴァは忘れない。自分では対話したくとも全く会話にならなかった相手に、スカーレット大将の声はこんなにも容易く本能にまで届くのだ,と。それはその強すぎるほどの強さと無関係ではなく、きっと優しさだけでは届かない、強くなければ届かない声が、あるのだろう,と。ミネルヴァは、ただただ心に刻んだ。
“エンジェルアローサル”
荘厳な紅い天力の翼がスカーレット大将の背に現れる。同時に、思わずミネルヴァは足を地面から離す。自身の足下に積もっていた雪が融け、茶色い大地が広がって“きた”からである。スカーレット大将を中心に、ホワイトランド全土の雪が融けて言っていたのである。
(“エンジェルアローサル”で“力域”・・・!それも物理的な影響のあるレベルの・・・!?)
「貴女の罪は、私が注ぎましょう。」
その深紅の瞳には冷徹な輝きが宿っている。
「私ハ・・・!悪ク・・・ナイィィィ!!!」
“ファントムエンジェルズ”
8人に分身し、スカーレット大将を取り囲むように8方向全方位から違う攻撃を仕掛ける。
“ブラッディゾディアック”
12人。スカーレット大将から8人のマスティマを迎撃するように紅い天力を纏う12人の分身が放たれ、7人がマスティマの分身を撃退し、5人がマスティマ本体を斬り飛ばした。なんと、この12人のスカーレット大将の分身、速さによる分身ではなく、天力で形成した確かな実体を伴う正しく“分身”であった。
「私・・・ハ・・・。」
目の前に立つ12人+本体1人を合わせた13人のスカーレット大将に、マスティマは本能から敗北を悟る。
「さようなら、ホワイトランドの怪物よ。天に、召されることを祈ります。」
“ブラッディゾディアック・夕焼の古道”
一瞬にして12人の分身が居合斬りでマスティマを通過し、ほぼ同時にスカーレット大将本人も居合斬りで通過していた。そして、刀を鞘に収めると、マスティマの首はゴトッと落ち、体はその場に倒れた。数分経つ頃には、マスティマの遺体は灰になっていた。
七災神・マスティマ・・・撃破。




