第191話:大天使の独白
あの者が堕天使なった理由を、彼女は気にするであろうな。危機的状況にあっても対話せんとしたくらいだ。
天界において、マスティマが未だ“大天使マスティマ”と呼ばれていた頃、その頃からあの者は少々変わっていた。他の天使が目もくれぬ下界に興味を持ち、度々ちょっかいを出していた。弱そうな妖を襲う大型妖に岩を落としたり、泣いてる子妖に声をかけたり。天界としても何の問題もない、ただの変わった遊びだった。
だが、ある頃からマスティマは魔界を見るようになった。無論、見るだけであれば問題はないのだ。ただ、魔界に棲まう者に対して直接干渉することは固く禁じられていた。天界の創造主と魔界の創造主は相容れぬ存在であったからだ。これは天使であれば誰もが知るところ。私とて、魔界でミネルヴァに“アークエンジェルアローサル”を使わせたことで少々怒られたほどだ。マスティマとて知っていたはずだ。だというのに、あの者は魔界のとある集団に自らの天力を分け与えたのだ。
マスティマは天界の評議会にて行動の真意を『魔界にいながら魔力を持たぬ民が邪龍に苦しめられていたため、力を貸した』と証言した。受け入れられるはずもなく、マスティマは天界を追放されることとなった。本来ならば魔界に堕とされるところを、天力を貸した民が助けることが懸念されたために下界、現在の西洋妖界へと堕とされた。
堕とされる直前までマスティマは自身が堕とされることに納得していなかった。『私は悪くない。』『私が何をした?天界の害になるようなことをしたか?』と。堕天使は天界より堕とされた衝撃によって否応なく記憶と理性を失うが、堕天使になっても同じ言葉を紡ぎ続けていることから察するに、あまりに強い感情は残るようだということは天界でも話題になった。
後に聞いた話だが、マスティマが天力を分け与えた魔界の民は白い肌に尖った耳を持っており、授けられた天力によって邪龍を封印したとか。そして彼らは魔界を抜け出し、妖界へと至り・・・そこで暴れ回り周囲の妖を殺し尽くさんとする“怪物”と戦い、封印することになったとか。皮肉な話か、ある種の救いなのか、自身が力を与えた者にマスティマは封じられたのだ。
それから元魔界の住民である白き民は西洋妖界で天力を用いて勢力を広げていく。そう、彼らこそが今のエルフ族の祖先だ。魔界のエルフ族・現ダークエルフ族と差別化するために当初は“ホーリーエルフ”などと名乗っていたが。故にミネルヴァはマスティマへの敬意を捨てきれずにいるのだ。その身に流れる血か存在自体がか知らんが、全エルフ族が妖界に存在出来ているのはマスティマによる恩恵の賜物なのだからな。特に祖先の血を強く引くミネルヴァは本能的に感じ取ってしまうのだろう。
そんなエルフ族が下界に出てきた頃から天界では“気に入ったエルフ族に手を貸す”のが流行りとなった。魔界の住民には干渉できずとも、一度下界に出てしまえば関係ない,と、評議会も何も言わなかった。大天使の間ではエルフ族が天界への敬意を忘れぬようにする為に丁度良い流行だ,と評議会員が言っていたという噂があったが真偽は知らぬ。かく言う私も流行りに乗って様々なエルフに力を貸してみたが、ミネルヴァはその中でも特に良い娘だ・・・というのは本人には伏せておこう。
まあ、これが大天使マスティマが堕天使になるまでの話、“ホワイトランドの怪物”の裏話だ。今回の一件が片付いたら彼女にも教えてやるとしよう。気が向いたらな。




