第184話:グレイプニル
魔界
オリエンス王国領から出て少し東にある奇岩地帯・ヘルヘイム
現オリエンス王国軍大将・グレイプニルは黒いフードを被ったまま、フェンリルと激闘を繰り広げていた。グレイプニルの長刀の太刀筋は目にも止まらぬ内に10数回は振るわれていた。対するフェンリルも目の前の“獲物”を“外敵”であり“脅威”であると認め、激昂し、身の毛を逆立てて完全に戦闘モードへと移行していた。両者の戦いは次第に場所を移動して行き、奇岩地帯の複雑に入り組んだ岩場へと至っていた。
この戦いに対し、狗美は幾度となくフェンリルへの攻撃を試みていたが、激昂状態のフェンリルはその身に纏う魔力自体が斬撃の如く、鋭く凶悪に荒ぶっており、並みの妖や魔物ならば近付いただけでバラバラにされるような代物と化していたため、妖力を纏った狗美でも、直接の攻撃をしようと近付けば弾き飛ばされ、遠距離から斬撃を飛ばしても掻き消されてしまうという状況が続いていた。
ズババッ!!
フェンリルが奇岩の1つに足を着けば、その岩は瞬く間に切り刻まれる。だが当のフェンリルはその岩が自身の魔力によって切り刻まれるより速く移動しているためになんら不便はない。
「フッ・・・触れるだけで切り刻む魔力とは興味深い・・・。」
そんな魔物の中でも常軌を逸しているフェンリルを前に余裕の笑みを浮かべるグレイプニル。
彼は元々、グレイプニルという名ではなかった。元の名はオプスクリタス。魔界を流離う剣豪として、賞金稼ぎ界隈では名を馳せた存在であった。魔界各地を巡っては賞金の懸かっている魔物や魔人を討ち取ったり、時には賞金が懸かっておらずとも強者であれば決闘を仕掛け、鼻につけば斬り捨てるというような自由な生活を送っていた。彼は決して血に飢えていたわけでもなければ、強さを求めていたわけでも、強さを証明したかったわけでもなかった。ただ、それ以外の生き方を知らなかっただけである。彼の一族は皆そうであった。ダークロード種の一種に数えられる彼の一族は、生まれたその日に武器の並んだ部屋へ連れて行かれ、そのとき手に取った武器を生涯携えて生きていく,そういう一族であった。そんな彼が現在オリエンス王国軍の大将を務めている理由は至極単純なもので。
『流離う生活に飽いた故。』
長らく流離っていたが、自分でその日の寝床や食料を調達するのに飽きたのである。そんな折、オリエンス王国近くの宿場でオリエンス王国軍は報酬が良く、地位が上がれば相当良い暮らしが出来るらしい,という噂を耳にし、入隊した。そして僅か数年で大将の地位に就いた。その時、サタンは言った。
「オプスクリタス?今後我が呼ぶには些か言いづらいな・・・グレイプニルにせよ。」
グレイプニルも言いにくいのでは?という彼の疑問にサタンはこう続けた。
「フ・・・いずれ解る日も来よう・・・。」
自身の名にそれほど関心がなかった彼は、それ以来グレイプニルと名乗り、今日に至った。
フェンリルが、入り組んだ奇岩の迷路へと姿を隠した。狼らしい行動であるのかも知れない。恐らく、油断した隙を狙ってくるのだろう。
「すまん、役に立てず。」
4つの奇岩の中央にある開けた場所にいるグレイプニルの横に駆け付ける狗美。
「構わん。アレを前に生きているだけで大したものよ。だが、少し伏せていろ。」
「む?」
狗美はスッとしゃがむ。グレイプニルは長刀を鞘に収め、居合の姿勢を取る。
“ガリゾント・フォリスモス”
狗美の眼には居合の構えから斬った後の姿しか見えなかった。即ち、斬っている動作が見えなかった。だが、確かに斬られていた。周囲の岩々が、奇岩が、およそ琵琶湖と同じ広さを持つ“奇岩地帯”そのものが。岩々の180cmほどを残し、残りの上半分の全てが斬り飛ばされていた。
次回は休載させて頂きます。
申し訳ありません。




