第180話:堕天使
妖界・ホワイトランド
自身専用の剣を携えたミネルヴァはホワイトランドへと降り立った。彼女を乗せてきた駕籠は安全の為、本土の方へと引き上げさせた。
「さて、参りましょうか。」
そう呟いてミネルヴァは“ホワイトランドの怪物”がいるホワイトランドの中心部へと真っ白な雪原を歩み出した。道中、怪物についての事前情報を思い出す。駕籠の中で隠密隊員から渡された資料には、西洋妖界に古くから伝わる伝承よりも細かく怪物の生態が記されていた。
怪物の名は堕天使・マスティマ。一応、女性の容姿をしていたという。彼女が何故天界から追放されたのか、それは不明だが、かつて彼女を封印した者達によると、彼女はただひたすらに同じ言葉を繰り返していたらしい。
『悪くない、悪くない、私が何をした。』
その言葉の真意は終ぞ掴めなかったが、いずれにせよ会話の通じる相手ではない。強靭な暴力と荒々しい天力を持ち、目に入るもの、鼻で嗅ぐもの、耳で聴くもの全てを破壊する。高速で動き、その速さはエンジェルアローサルでは追いつけなかったという。
「またアークエンジェルアローサルが必要なのでしょうか・・・大天使様は力を貸してくれるでしょうか・・・?」
そう少し不安を感じていたミネルヴァに、不意に悪寒が走る。咄嗟に剣を抜き、構える。
「私ガ何ヲシタ?」
声がしたのは眼前。突如現れた堕天使・マスティマはミネルヴァの顔面を蹴り飛ばした。反応のしようがなかった。つい数秒前まで気配はなかった。それどころか、マスティマの姿など一切見えなかった。訳もわからないままにミネルヴァはホワイトランドの雪原、今、自身が歩いてきた道を転がっていた。
「くっ・・・!どこから現れて・・・。」
「悪クナイ。」
「!!」
起き上がりマスティマの方を見ようとしたミネルヴァの顔面をマスティマが蹴り上げる。鼻血を噴き出しながら宙を舞うミネルヴァの目の前。
「悪クナイ。」
平手であった。だが思い切り顔面を打たれ、ミネルヴァは雪原に叩きつけられた。真っ白な雪が舞い上がり、小さなホワイトアウトのような状況が出来上がる。
(事前に考えていた策を実行しなければ・・・!)
雪原に仰向けに倒れるミネルヴァはそう考えていたが。
「私ガ何ヲシタ?」
視界の悪い雪の舞う中でもマスティマは的確にミネルヴァの位置を捉え、目の前に顔を覗かせた。咄嗟に剣を突き立てようとするミネルヴァの右腕を不自然な姿勢で踏みつける。
「悪クナイ。悪クナイ。私ガ何ヲシタ?」
「くっ・・・!何をしたのですか?貴女は。何故天界を・・・!」
ミネルヴァは通じないことはわかっていても対話を試みた。そうしなければならない、否、そうしたかったのである。一方的に攻撃されている現状であっても。堕天使・マスティマが同じ言葉を繰り返し、破壊を続けているのが、彼女の“訴え”のように思えたからである。しかし、ミネルヴァの問いかけは途中で遮られた。マスティマの頭突きによって。
「くぅッ・・・!」
「私ハ悪クナイィィィ!!」
そのまま幾度も頭突きを繰り返さんとするマスティマに対し、ミネルヴァは“エンジェルアローサル”を発動。左拳に天力を纏わせ、マスティマの顔面を殴ろうとしたが、その腕も足で踏みつけられる。
(“エンジェルアローサル”膂力も抑え込むほどの力!?)
「私ハ救ッタ。私ハ救ッタ。オ前タチヲ。」
「えっ・・・?」
ミネルヴァが聞き返す前にマスティマはミネルヴァの眼を爪の伸び切った親指で突く。
『嗚呼、やはり必要になるわね。けれど、今回は“そう長くはならない”から。』
“アークエンジェルアローサル”が発動し、その衝撃でマスティマは宙に飛ばされる。
「この後もありますから、温存はしたいのですが・・・。そう長くはならない,とは・・・?」
ミネルヴァがマスティマと第二ラウンドを開始しようとしていたこの時、ホワイトランドに降り立つもう1つの影があった。




