第178話:力域
“生まれて来てくれてありがとう”
そんな言葉を贈られる人間がどれだけいるのだろう。それも親や血縁ではない赤の他人から。それも何千年、何万年、何億年?も生きている不死鳥からなんて、かつていないであろう。そんな言葉を直接脳に語られた和神は、素直に嬉しかった。今日まで生きて来てよかったと思った。
「・・・ずるいよね、私。こんな状況でこんな事実を告げたって、君は逃げられないのに。」
美鳥は謝る。和神の人生を巻き込み、利用したことを。だが、和神の心に美鳥を責める感情や思考は存在していなかった。
「大家さんは悪くないです。こうしなきゃ世界が滅んでしまうかも知れなかったんですから。俺の人生でそれを阻止できるなら、むしろ嬉しいことです。・・・それに、今の話を聞いて、俺は大家さんに感謝してるくらいですよ。」
「感謝・・・?」
「はい。だって大家さんに“利用”されなかったら、俺は狗美には出会えなかったんですから。狗美だけじゃない、陽子さんやミネルヴァさんたちとも出会えなかった・・・。
俺、今、人生の中で結構1番幸せなんですよ。・・・だから、謝らないで下さい。」
「・・・・・。」
自分よりも何億個も年下の人間に、美鳥は心を救われた。例え今の言葉が自分に気を使ったものだとしても、自分を利用しようとした者にまで気を使える、その度量と心の広さに。しかし、今の言葉が本心であると美鳥は信じていた。和神のことをずっと視てきたのだから。和神がこういう気の使い方をしない人間であることは知っていた。
「ふふ・・・みんな美人だもんね。」
「え、いや、そういう事じゃなくて・・・いや、そういう所も多分にありますけど・・・。」
「・・・ありがとう・・・和神くん・・・。」
しばし穏やかな空気が流れたその瞬間であった。和神の全身の毛が逆立ち、身体が硬直した。
「大家さん・・・これは・・・。」
「疾風の“力域”に入った。」
「りょくいき・・・?」
「あれ、そういう相手とは出会ってない?“力域”は“その者の持つ力が最大限及ぶ範囲”の総称・・・かな。妖力範囲とか霊力範囲とか言い分けるの面倒だからね。で、強い力を持つ者はその“力域”自体に印象効果があったりするの。個々で違うんだけど、疾風のは今、和神くんが感じてる感じね。強い悪意・憎悪・殺意・・・みたいな。」
和神はこんな圧力を持つ敵とは出会ったことがない。だが、味方でなら経験があった。
「・・・陽子さんが半妖態になった時に、体がすごく重くなったんです。」
「あー、あの子が全力になればそうなるかもね。“圧力”は、君を巻き込まないため,とかかな・・・?」
「・・・その時、陽子さんは俺に嫌われたくないとか、友達じゃなくならないでほしいって考えてたみたいです。」
「あーじゃあそれだね。“こっちを見ないで”“今の私に近付かないで”って思いが“圧力”って印象になったんだろうね。」
しかし和神は思った。あの時、陽子は少し離れていたとはいえ、和神の目が届く距離にいた。ということは、今、疾風もすぐ近くにいるのではないか,と。
「あの、疾風はもしかして近くに?」
「ううん、多分富士見島にいると思うよ。」
「え、でも富士見島ってまだ見えませんよね・・・?」
「うん、あと10㎞くらいかな。・・・あーそういうことね。」
和神の疑問を察した美鳥は恐るべき事実を告げる。
「疾風の“力域”は“富士見島からここまで届いてる”んだよ。彼の全快時の“力域”は半径50㎞くらいは行くからね。」
あの半妖態の陽子でさえ半径1㎞程であった“力域”が、半径50㎞。今は10㎞程度ということは未だ全快時の5分の1程度の状態ということであろうが、それでも陽子10倍という事実は、和神に若干の動揺を与えていた。
「焦らないで、和神くん。私が出来る限り護るから。
「!・・・はい。」
そんな2人に疾風から歓迎の花火があげられる・・・。




