第176話:黒狼
魔界・オリエンス王国領を少し離れた東の奇岩地帯“ヘルヘイム”
かつてこの地に封印された“七災神”は、全長5mを超える巨大な黒い狼であった。魔界に棲む“魔狼”の一種であろうと推測されるこの“黒狼”は、北にある大国・セプテントリオ皇国領で初めてその存在が確認されると、たちまち現地住民を食らい尽くす。そしてイックスの指示かただの気紛れか、黒狼はそこから南下し、オリエンス王国領へと進み、そこでも住民を食らい尽くしていった。
ただひたすらに食らい尽くしながら突き進む黒狼と時を同じくして、南のオリンポス火山地帯では“七災神”ヴォルヴァイアが暴れ回っていた。そこでオリエンス国王サタンは自身がヴォルヴァイアの対処に向かい、黒狼の相手を当時のオリエンス王国軍で大将を務めていたテュールに任せた。
結果、サタンはヴォルヴァイアをオリンポス火山に封印し、テュールは黒狼をヘルヘイムに封印した。だが、テュールは黒狼との戦いから戻ることはなかった。彼は自身の生命と引き換えに黒狼を封印したのである。黒狼はそれほどの脅威であったということである。この一件から、彼の黒狼は“フェンリル”と呼称されるようになった。
現在。
イックスの手によって封印を解かれたフェンリルは、オリエンス王国軍と交戦していた。だが、このオリエンス王国軍は時間稼ぎのためのゾンビや死霊の集団で、フェンリルは次から次へと蹴散らしていた。食っても死肉、食っても空虚なゾンビ&死霊軍団にフェンリルの怒りが最高潮に達した頃であった。狗美を乗せた駕籠が到着した。
「フェンリル・・・確かに血生臭い、強い気配だな。だが、すぐに片付ける。」
「狗美様、先ほどのお話を聞いてなかったのですか!?フェンリルはかつてのオリエンス王国軍大将と互角に渡り合うような存在なのですよ!?すぐに片付けるなどと・・・!」
駕籠に同乗していた隠密隊員が必死な様子で忠告する。
「片付けなければならないんだ・・・どうあってもな。」
その時であった。フェンリルのとは別の禍々しい気配がその場を包んだ。
「援軍か・・・。」
そう呟き、突如虚空から現れたのは長剣を携えた真っ黒なローブに真っ黒なフードを被った闇そのもののような者であった。
「誰だ?」
あっけらかんと問う狗美。だが、駕籠の中の隠密隊員と駕籠を動かしている輪入道は全身を震わせて本能から怯え切っている様子であった。
「我の気配に当てられて動じぬとは、良き援軍のようだな。」
「だから、お前は誰だ。」
「失礼、我が名はグレイプニル。オリエンス王国軍、現大将だ。」
「そうか。私は狗美だ。犬神だが、あれと間違えて攻撃しないでくれ?」
自己紹介を終えた2人の前に、最後のゾンビを引き裂き終えたフェンリルがゆっくりと歩いて来る。
「さて、狗美とやら。我が太刀について来られようか?」
「知らん。見たことないからな。だが、さっさと終えたい。」
「よかろう。我も今日は休暇の予定であった故、同意する。」
「ウォオオオオオオオオ!!」
フェンリルの遠吠えと同時に、狗美とグレイプニルは踏み込む。しかし、グレイプニルは既にフェンリルの背後に回っていた。否、斬り終え、背後にいた。そのグレイプニルの斬撃をフェンリルは牙で受け切っていた。
「成程、かつての大将が手古摺るわけだ。」
振り向き、グレイプニルを睨むフェンリルに、背後から斬撃を飛ばす狗美。しかし、フェンリルはその斬撃を「ヴォ!!」という咆哮1つで掻き消し、更に狗美の身体まで吹き飛ばした。
「くっ・・・!」
全ての“七災神”が顕現し、全ての戦場は整った。
一方その頃、和神と美鳥は富士見島へと向かっていた。




