第173話:華・地安門
妖界・華、地安門広場
ここは妖界で人気の観光名所となっている広場で、周囲には普段ならば百を超える飲食店や土産物屋が軒を連ね、観光客を相手に商売しているところである。だが今は“七災神”接近に伴い、一般妖は皆避難しており、全店舗閉店。広場には2名の妖と“七災神”のみとなっていた。
華の三将軍の一角で2本の短剣を操る、別名“瞬剣将軍”李快天と隠密隊に支給される大振りのナイフを右手に携えた陰美の2名と“七災神”・雷獣との戦闘が既に始まっていた。
雷獣は体長3m・体高1.8mほどの獣の姿をしている。黒い体毛に覆われているが、背中と尻尾は白い体毛をしており、巨大なハクビシンを想像するのが最も近いだろう。戦闘時においては、全身に雷を纏い、雷雲を呼び、落雷で攻撃することもできるが、最も注意すべきは敏捷性。超高速での雷を纏った鋭い牙と爪による攻撃は勿論、尻尾による強打は並みの妖であれば一撃でバラバラの肉片にするほどの破壊力を有している。
以上が美鳥からもたらされた雷獣の情報である。現に、雷獣に対する2人はその敏捷性に苦戦を強いられていた。
「よもや我の縮地と“快天剣”に匹敵する獣が存在するとは。」
“快天剣”は、李将軍が自ら編み出した縮地の速度を最大限に活かした中華剣術である。彼が将軍の地位にまで登り詰めたのも、この“快天剣”があったからこそであった。尚、日本での読みは“かいてんけん”で通っている。
「縮地級の敏捷性に迸る雷・・・“光速”の攻撃が可能だというワケですか。」
雷獣は自身に雷を纏わせつつ、周囲にランダムな落雷も発生させていた。雷獣自身は雷を受けても強化されるのみであるため、この落雷は完全に雷獣の縄張りであることを意味していた。
「ふぅむ、やはり兵は退かせておいて正解であったな・・・。如何に華の屈強な兵士たちであっても、一介の兵士ではあの落雷一発で動けまい。」
「ええ、私とてただでは済みませんよ・・・。」
「クルルルルル・・・。」
雷獣が2人の様子を伺いつつ唸りながらゆっくりと歩いて来る。
「さぁて“隠密隊の”・・・!再び参るぞ。」
「ええ・・・。」
「ファァァアアオオ!!」
雷獣は天高らかに吠えると同時に雷を迸らせ、姿を消した。迎え撃つ2人もまた姿を消した。
“縮地”
瞬間、広場から誰もいなくなったかのように見えたが、1秒と経たない内に激しい火花が飛び散る。李将軍の刃と雷獣の前足の爪がぶつかっていた。
“快天剣・天龍”
雷獣を受け止めたのと反対の手に持つ短剣を逆手に持ち替え、天を目掛けて思いきり振り抜く。雷獣はこの一撃を牙で受けたが、その身体は上空へと舞い上がった。舞い上がった先には既に陰美が横回転をして待ち受けていた。その右手には逆手に持ち、黒い妖力を纏ったナイフが光る。
“護国殺法・反転大車輪【陰】”
遠心力を加えた逆手持ちのナイフで雷獣の背を突き刺さんとする。しかし、雷獣は瞬時に身を翻し、白い体毛に覆われた尻尾で逆に攻撃を仕掛けてきた。陰美は咄嗟にもう1回転を加えて迫り来る雷獣の尻尾に向けてナイフを突き立てた。
「チィ・・・ッ!」
ナイフの切っ先は見事に尻尾を捕らえたが、その尻尾の威力は美鳥に聞き及んだ通りの破壊力を有しており、更に雷獣の体毛は堅く、ナイフは弾かれ、陰美も吹き飛ばされてしまった。だが、その攻撃をした後に生じた隙を李将軍は見逃さなかった。
“快天剣・燕子風”
“縮地”で空を蹴り、その勢いに乗せて交差させた腕を振り抜いた。2本の刃は雷獣の背を斬り裂いた。
「フォオオアアア!!」
雄叫びと上げた雷獣であったが、同時に姿を消した。そして広場中央に建つ高さ20mほどの地安門の上へと移動していた。
「クルルルル・・・。」
低く唸る雷獣は、未だその真価を見せてはいなかった・・・。




